後編

骸骨の運転手に金貨を払って翼竜から降りた。最高峰の頂上に俺の城がある。

「ただいま」

部屋の中から「お帰りなさいませ」と声が聞こえた。

「ああ」

俺は玄関に立つとネクタイを緩めた

「どうぞ、こちらにおかけになって」

メリダに促されるままソファーについた。

「どうぞお座りくださいって。ソファってどうしてこう柔らかいんだ。俺は腰掛けたいんですが」

勇者と竜が対決している天井画、大理石の柱、蔦模様の彫刻を施した家具。どれも勇者に不釣り合いだ。いったい俺は何者なのか。さっぱり思い出せない。

「それは、あなたのそういうお仕事からですよ」

仕事って、俺はついさっきまで魔王と対話していた。確か暴れだした魔物の管理責任を追及して彼を怒らせてしまった。考えてみれば人間だって害虫害獣の飼い主じゃない。災いを全て魔王の仕業と決めつけるのは間違いだ。俺は冷静さを欠いていた。そして彼は束縛から逃れるために人間の敵意を一気に引き受けるとかナントカ。

俺は無意識に戸棚を弄っていた。すぐヒントを探そうとする。ゲーマーの悪い癖だ。

「いや、そこには何もありません。ただの私物です」

緞帳のようなドレスを引きずるメリダ。引き出しの奥にはシルクの…その…白い逆三角形が入っていた。

「はあ」

俺は気の無い返事を返した。

「しかし、あなたのような若造が私のお部屋に入り浸っていいのですか?」

彼女はそっけなく言った。しゃなり、と身につけた鈴を鳴らす。冒険者ギルドが歴代勇者天下一武道会の最終覇者に贈る【グランベル】だ。

メリダのやろう、俺が記憶を失っている間に出世しやがった。

「それはいささか、ちょっと」

俺は慌ててかしづく。俺の身分と今の状況がおぼろげに見えて来た。「魔王ブラッドレインは貴方が倒したのですか?」

おそるおそる質問すると失笑し手振りで謙遜する。

言われてみれば彼女は長命のエルフだ。レベル向上に長けているのは当然だ。

「宝物殿を整理していたら懐かしいアイテムが出てきましてね。ついでに期限切れの蘇生薬エリクサーを遺骨に垂らしてみました。何とまあ」

おお、なんという事だ。勇者ヨシヲはずっと死んでいたらしい。

「結局、何だったのですか? あの事件は」

よみがえりつつある記憶を俺はたぐった。

「自分で蒔いた種でしょう。特例措置は生者必滅の法則を乱し魔界の生物環境まで破壊した。彼らが避難してくるのは当然の報い」

それがブラッドレインを呼び覚まし俺を討伐させたということだ。

何という事だ。だったら最初から死んでいればよかった。

「復活した俺はどういう身分なんです?」

言うまでもなくステータスウインドウが視界に被った。


【再生魔物軍団】モブ・グループ1 ヨシヲ(詳細を閲覧するための経験値が足りません)


とほほ。その他大勢かよ。しかも闇落ちしてやがる。魔物って…。


「ですが、今までのあなたとはちょっと違うぞ。あの魔王ブラッド・レイン、魔王アスタロトという種族は貴方が思っている以上に、立派な勇者です。その勇者と同じ土俵にいる。それだけで私からすれば十分のことじゃないですか」

「それはそうかもしれんが、それは俺みたいな下等な種族だった頃だ……。人間だった俺と違って、魔王は世界の頂点に君臨している」

俺はソファーを握りしめた。

「魔王はいくらか偉いですが、貴方はそれ以下ですよ。これまでの人々が貴方を魔王として受け入れてきたのは、皆、魔王という種族は皆、人類の敵ですからです。何せ奴は人の皮を被っているのですから」

メリダは優雅なドレスをひらひらさせながら雄弁する。これ見よがしに素肌をさらしている。

「俺が魔王だって?」

「そう……人間と同じように扱っているのです。だから私は貴方にも魔王として接しました。魔王というよりも、人の中にある機械と同じように扱っている。人間だと……」

「ちょっと待て、時系列がムチャクチャじゃないか。扱ってきた、だと? 俺はたわむれにエリクサーでよみがえったばかりじゃないのか」

問いただすとメリダはぞんざいな口ぶりで言った。

「トラウマが苦痛にならないよう初期化を業者に依頼しました。貴方は二度も大破したのです」

「大破だと?この俺がか?何があったかは兎も角。俺はまたもや死んだ。それも二回だ。エリクサーが賞味期限切れだったので蘇生の代行を頼んだ」

「勇者だった癖はなかなか抜けませんね。ゴーレム狩りに出かけたでしょう」

メリダの話では夜中に俺がバスタードソードを持ち出して魔窟に出かけたというのだ。それも単独で。バカか。

「それで機械と言うのは?」

一番肝心な疑問だ。メリダはそっけなく言う。

「機械も何も…魔王と一緒です」

「よくわからない。魔王は生身だろ」

「魔法と科学が融合した概念は再生魔物軍団には理解できないでしょうね」

「言ってくれるな!俺は人間だ」

「ただの人間扱いは好きではありません。魔王という機械に身をやつし、貴方は世界の片隅に君臨しているというだけです」

「…………」

俺はやれやれと思った。「人間は?生身の人間は滅んでしまったのか?お前はどうなんだ?エルフは生身か?」

「そうです。生化学的組織バイオニック機械メカニックも何もかも一緒です。魔王も勇者も」

「勇者の仲間だと? お前は勇者と何の関係があるんだ」

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