ぼくはチジョに乗り逃げされました
水原麻以
カノジョが出来たらしいです
自分以外を好きになるより、他人を嫌いになるほうが難しい。それも、思いの丈を告白されたら無理ゲーになる、
喫緊の課題として、目が覚めるような美人に迫られた時、僕はどう反応すればいい。
「恋のスイッチ、入れたら五秒で、ものの見事に振られましたぁ。ぴえん」
滝のような涙でコンソールを濡らす、その人は何度も何度もかぶりをふり、前髪を揺らし、許しを請うような上目づかいで這いまわる。
「だから、どうして僕なんか選んだ? まだ死にたくない。心中なんて御免だ」
まるで言語中枢だけ別人のようだ。心にもない残酷がこんこんと泉のように湧き出す。
「お願い致します。わたしじゃダメですか? 顔が嫌いですか? 可愛くないですか? 何でもします。努力します。どうぞ、あなた好みに染めてください」
胸の開いた服のボタンに手をかける。
「だから、ちょっと待ってくれ。僕はまだ、自分が何者で、君が誰だか名前すら知らない」
女はお構いなしに上着の前ボタンをすべて外した。
「名前なんて記号です。ルネ、ルーラ、ルリーフェ、ルカ、リュミエリーナ、ルフィーア、ローゼン、選り取り見取り」
彼女は僕に選択を強要する。待ってくれ。
そもそも僕にはまだ支配欲も隷属も共依存も愛憎も芽吹いてない。
「顔は誰でもいいんですね。じゃあ、ご注文はわたしのスカート丈ですか?」
やめてくれ。
******
人類初の超光速恒星間探査船デカルトが失踪して半年が過ぎた。
オランダ王立
デカルトはいわゆる「宇宙船」ではない。字義どおりの船なのだ。推進剤を噴射する乗り物は船でない。
デカルトは純粋数学を用いて物理法則を攪拌し時空の海を滑走する。
つまりは認識を実体化させることで心が物質に直接作用する「唯心論」の実用化した船なのだ。
心のおもむくままに想像を翼を広げて、どんな世界もひとっとび。
航続距離は無制限、機体寿命も真永久。だって想像に限界などありはしない。
そんなフリーダムで宇宙一の果報者デカルトは17歳の少女と観測可能宇宙の向こうへ旅立った。
そして、彼は人類にラストレターを遺した。
「ぼくはチジョにノリニゲされました」
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