安永富雄



安永富雄は東京都内の新興住宅地に母親と二人で暮らしていた。父の四十九日を済ませて、ようやく落ち着きを取り戻した実家に生活感はまるで感じられない。

玄関扉は南京錠で固く閉ざされ、郵便受けは空っぽのままだ。表札すら取り外されている。

「売却済み…なるほど」

アドニスは群れ集う報道陣を透過して屋内に立ち入った。もぬけの殻である。作り付けのキャビネットは開け放たれ、床に埃がたまっている。

富雄は高校中退後、働きもせず自室に籠っていたというが、どの部屋だったかわからないほど綺麗に片付けられている。

何か手掛かりはないかと目を皿のようにして隙間を捜索してみたがメモ書きやレシートも挟まっていない。

「立つ鳥、跡を濁さずっていうけど、関係性の1本も残さないってどういうことなの?」

追撃天使はいぶかしんだ。普通なら光熱や水道の移転手続きを引っ越しと同時に行う。滞納でそれらが強制解約されていたとしても、市町村の転出入届は必要だ。

まるで母子が忽然と蒸発したかのように関係性を喪失している。

「まさか?!」

事件に巻き込まれたというなら、閻魔帳に経緯が記されているはずだ。天魔庁は決定論者だ。量子力学の不確定性原理により世界線に多少の揺らぎがあるとしても、ぶれは閻魔帳の想定内に納まる。

「ギース?! 安永母子の行く末を調べてちょうだい」

アドニスは天を仰いだ。

ナーロッパ教団は誘拐や巧妙に勧誘した未成年者を劣悪な環境で育てていた。その目的は未だ不明だ。臓器移植や性奴隷目的の人身売買ならすぐ流通するし対魔取締局まとりが未然に防ぐ。閻魔帳どおりに死んでもらわないと六道輪廻の予定が狂う。希死念慮課は計画殺人を遂行する部署だ、と中傷する者がいる。色眼鏡で見ればその通りだが生者必滅の秩序に従って閻魔帳通り死んでもらわねばならぬ。ジレットが気を揉むわけだ。

アドニスは聞き込み捜査のため顕現した。仮初の肉体は女子高生だ。セーラー服が初々しい。

ツインテールを揺らし井戸端会議に割り込む。

「あら、安永さんの知り合い?」

「姪です。叔母が心配で」

アドニスは安永紗希やすながさきを詐称した。

「喪中は見かけなかったわねえ」

近隣住民はずっと前から親子と逢ってないという。

「他の連絡先とか例えば、叔母さんの友人の実家とかは?」

紗希はダメもとで訊いてみた。

「いいえ。友達とか見たことない。本人も、そうですって答えたもの」

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