第8章 最期の戦(いくさ)
歳三は、残った新選組や、旧幕臣の榎本武揚らと共に、蝦夷に渡った。恭順した徳川家に従って駿府の地に移れる幕臣などわずかであった。生まれたときから徳川を主君と仰いできた武士たちのほとんどは、禄もなく、ただ捨てられるだけであった。榎本は、蝦夷の地に徳川武士の生きるための国を作るのだと言った。
歳三は、自分は死ぬときが来たら死ぬのだ、と悟っていた。薩長の作った世の中で生き延びていくことは、考えていなかった。
明治2年春、箱館で歳三は、偶然その男に会った。薩摩の、中村半次郎に。中村は、戊辰戦争では会津戦までを薩摩軍監として戦ったが、この箱館には、西郷隆盛の名代として、新政府軍の監視のため乗り込んできていた。
「おいは、あんたにずっと会おごたって思うちょったが、お互い敵同士ん身ん上では、それも叶わんかったでな。こげん場でん、会えてうれしか」
中村は言った。
「それは、ずいぶんと想われたものだな。それが女であれば、俺ももっとうれしいのだが」
と、歳三は憎まれ口を言った。だが、お互い敵意はなかった。
「榎本武揚は、北添佶磨ん『蝦夷地屯田兵計画』を元に、徳川脱走軍を蝦夷に常駐させ、北ん守りを固めようとしちょっ、ち聞いちょっが、本当か?」
中村は聞いた。北添佶磨は、土佐藩脱藩後に蝦夷地を視察し、その当時、京に溢れていた浪士を蝦夷地に渡らせてその地を開拓することで、ロシアの南下に備え、北辺の護りを固めることを提案していたという。中村は、池田屋事件で北添が死んだあと、彼の記した計画書のようなものが、新選組の探索方から、幕府の手に渡ったと聞いていた。
「あの書き付けは、偶然に手に入ったものだ。今はどこにあるか、俺は知らん。榎本さんの真意はわからん。だが、武士が生き残る道を探していることだけは確かだ。おめぇもそのうち気づくだろうが、次の世に、武士が生きることはできねぇ。武士ってぇのは、身分制度の権化だからな」
歳三の言葉に、中村は、
「武士がそんまま軍隊にかわっこっがいっばんよかはずじゃらせんか。もし、武士がおらんごつなったならば、だいが、国ん民を守っとじゃ?だいが戦うとじゃ?町人や農民が戦いにでるなんぞ考えられん!」
と言った。歳三は、
「大名を潰し、国を一つにするなんて言っちゃあいるが、その狙いは、武士をなくすことだろう。いいか?武士ってのは、戦うことしかできないんだ。それをもぎ取られちゃ、生きていけねぇんだ。俺たちは、この地にそんなやつらの生きる場所を作ろうとしているんだ。それを潰そうとしているのは、てめぇら、新政府じゃねぇか」
と言った。中村は言い返すことができなかった。しかし、
「おいは、坂本どん……坂本龍馬から、蝦夷ん話を聞いた。北添が考えちょったことも聞いた。外国に北から攻めらるっんを防ぐには、蝦夷の開拓が必要じゃと。そんために武士を派遣すっのがよかとじゃと。新政府にだって、同じ考えん者はおっど!」
と中村が言うと、歳三はふっ、と笑った。
「おめぇも、俺と同じように、侍としてしか生きられねぇやつなんだな、半次郎」
すると、中村は力強く言った。
「当たり前や。おいは、けしん(死ぬ)まで武士や!!」
ふと、歳三は思い出したように言った。
「そういえば、おめぇは、『之定』を探しているんだってな?勝海舟どのから、以前聞いたぜ」
ああ、と中村は答えた。
「二、三年前、京におった頃、宮さぁん警護をした褒美として、『之定』を貰う約束をしちょった。だが、刀剣商から、どこかん御大名に即金で買われてしもたと、宮さぁにお詫びが届いたち聞いちょっ。あや、千両ん代物や。相当な御大名が
歳三が、
「『之定』が好きなのか?」
と聞くと、中村は、
「あん刀は、本物ん武士だけが持つことを許された刀じゃっでな。おいん最期ん戦いまでには、持っちょってて思う。いつか、手にいれる!」
と答えた。
中村と別れたあと、歳三は、それまで、大事にしまっていた包みを取り出した。京で関屋から買った、『之定』であった。
(『御大名の刀』か……これを使う日が、来たようだな……)
一本木関門で、歳三に駆け寄った中村半次郎は、歳三が『之定』を持っていたことを、初めて知った。
「こん、刀は……!?」
中村が問うと、苦しい息の下から、歳三は答えた。
「おめぇが……京で、手にいれてたはずの……『之定』……御大名は、俺だ……」
歳三の答えに、中村は愕然とした。しかし、
「じゃっどん、けつを買うたんなあんたじゃろう。あんたん刀や」
と言うと、歳三は、
「今日が……俺の、最期の
と、言った。もう、ほとんど目は見えていなかった。
「土方!!しっかりせえ!!」
中村が叫ぶと、歳三はもう一度目を開け、そして言った。
「これは……まことの……武士……だけの……刀だ……!……行け……!!」
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