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肯定派の立論が終わると、息をつく暇もなく、否定派からの質疑・反対尋問がはじまった。
「肯定派は立論の中で、運動会を行う目的の二つ目として『自分が運動会をつくっているんだ』という能動意識を明確にするためだといいましたが、能動意識の意味がわかりにくかったので、もう一度説明してください」
蘭華からの尋問に、陽介は目を丸くした。
尋問内容は意味の確認だったので、驚くほどではない。
思わず目を引いたのは、いつもは引っ込み思案でおとなしい蘭華が、なぜだか積極的にみえたからだ。
面倒くさいから適当に済ませてしまおうと思っていた自分が、なんだか恥ずかしくなってくる。
陽介は息を吐いて気持ちを切り替えると、自分で書いた原稿を確認しながら説明をはじめた。
「決められた宿題や家の手伝いなど、ぼくたちは周りが決めたことや相手の望みに従うとき、どうしても受動意識、つまり受け身で動いてしまいがちです。そんなときは、ついつい『面倒だな』『だるいなあ』とボヤきながらダラダラとやってしまいます。これをくり返していると、周りから頼まれると断れなくなり、いつも誰かのために動いてしまう人になってしまいます」
自分の言葉で耳が痛くなりそうだと陽介は思いながら、否定派の二人に説明を続ける。
「周りの望みを無意識に叶えようとするのではなく、好きなことをしたり目標を立てて取り組んだり、自分の望みを叶えるためには能動意識で行動できなくてはなりません。やる気に満ち、自分の好きなことを思いっきりやれる生き方をするためには、知識としてだけではなく、体験を通す必要があります。それは高学年のぼくたちはもちろん、全学年に共通していえることであり、運動会はまさにうってつけなのです」
そうだそうだ、と怜雄は横から声を上げる。
わかりましたと蘭華が言い終わるまえに、李厘は尋問した。
「肯定派は立論のなかで、ピエール・ド・クーベルタンを取り上げていましたが、彼は『オリンピックの女性参加は、不快で間違っている。男性のためのスポーツの祭典であって、女性はオリンピックに出場できる優秀な男子をたくさん産めばいい』と言っていたそうですが、明らかに女性差別です。肯定派も女性差別の考えをもっているから、クーベルタンを取り上げたのでしょうか。考えを聞かせください」
怜雄は目を見開き、
「……へ?」
と声を漏らす。
「さあ、考えを聞かせてください」
李厘の怜雄を見る目が鋭くなっている。
あきらかに、怜雄をターゲットに攻めてくるつもりだ。
「ちょっと、李厘さん。余計ないがみ合いはやめてさっさと終わらせようって、はじめにお願いしたよね?」
「確かに陽介くんはそう言ったけど、これはディベイトでしょ。やるからには手加減しちゃ駄目だと思うんだけど、ちがう?」
李厘の意見はもっともだ。
首の後をかきながら、陽介はどう答えようかと考える。
「えー、肯定派のぼくたちは、女性差別を肯定してはいません」
「そうそう、してませんしてません」
隣に座る怜雄は、偉そうに腕を組んで大きく頷いている。
「クーベルタンの『勝つことではなく、参加することに意義がある』という言葉を借りたのであって、ぼくたちは彼の主義主張や考え方まで踏襲していないです」
「そうそう、してないしてない」
「それに、現在のイメージによる価値基準を、生きた歴史も文化も価値観さえ異なる過去の時代に当てはめることは押し付けです。歴史事実を変えることはできないからと否定するのではなく、歩み寄った考え方が必要だと思います」
「そうそう。否定派のみなさん、わかりましたか?」
まるで自分が発言しているかのように合いの手を入れる怜雄に、陽介は冷たい視線を送る。
偉そうにいうなら自分で言えばいいのに……と言いたくなるも、同じチームの仲間なのだからと、言葉を飲み込んだ。
李厘は「……わかりました」と答え、蘭華は小さく手を叩いていた。
言い終えた陽介は、小さく息を吐く。
なんとか否定派の反対尋問を乗り切れた。
つぎは否定派の番だ。
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