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「二人して目を細めてどうしたの。新しいにらめっこ?」

 教室に戻ってきた田中李厘たなかりりんが、怜雄の隣の席に座った。いつもは長い髪をおろしているのに、今日は後ろで束ねて上げていた。

「李厘だってマスクしてるから、目元しかわからないのは一緒だろ」

 顔を背けたまま怜雄は答える。

 天気と同じねとつぶやきながら李厘は、陽介に「怜雄はどうしたの?」とたずねてくる。

「怜雄くんは、運動会が延期になって機嫌が悪いんだ」

 聞いた李厘は「あきれた」と息を漏らす。

「そんなのしょうがないじゃない。雨なんだから」

「降らなくたって、中止にするんじゃないか」

 怜雄は、大きなため息を付いた。

「そんなことない。昨年みたいに、日にちをずらして各学年ごとにグラウンドと体育館に分かれて演技を披露したり競技したりすると思うよ」

「そういうのは運動会じゃない。体育の授業の延長じゃないか」

 怜雄は、語気をつよめて李厘に言い返す。

 目を細める李厘は、わざとらしく息を吐いた。

「似たようなものじゃないの、運動会だって」

「いいや、ちがうね」

「どう違うっていうの?」

「長く狭苦しい教室に押し込められ、机にかじりついて勉強する日々から解放されて丸一日、外で走り回ったり声を張り上げたり競い合ったり、そして弁当を食べるのを運動会っていうんだ。学年ごとに分かれて半日だけ競技したあと、給食食べて午後の授業をするなんて、俺の知ってる運動会じゃない!」

 怜雄は、ドンっと、机を叩いた。

 その様子を前に、李厘は早口で言い返す。

「低学年の子たちみたいな、わがまま言わないのっ。どうしようもないじゃない。怜雄のいうような、今までどおりの運動会をやってクラスターになったら、休校になるどころか下手すると街の人みんなが感染するかもしれない。病院が患者であふれるだけじゃなく、医者や看護師たちも感染して倒れていくかもしれない。誰かが亡くなるかもしれない。一人や二人でなく、もっと大勢。その中に自分の知っている人がいるかもしれない。ひょっとしたら自分が病気になるかもしれない。そうなったら怜雄は責任取れるの?」

「かもしれないかもしれない、ばっかり言うな! 医療関係者はワクチン打ったんだろ」

「ワクチン打ったら絶対感染しないわけじゃないっ。インフルエンザだって、そうでしょ。それくらいわかってるのに、そんな我儘を言う?」

 うっせー、うっせー、うっせーわ、と怜雄は大声を上げた。

「お前の話はぜんぶ、仮定の話だろ」

「仮定が現実になったら、明日を楽しみにしていた人の予定が台無しになって、下手すれば未来を摘み取ることになる。そうなったら、怜雄は責任取れるの?」

「だったら、なんでオリンピックなんてやるんだよ。国は、大人たちは巨大なクラスター作るつもりか? 納得いかねぇ」

 二人はにらみ合い、じりじりといまにも掴みかかりそうな距離に近づいていく。

「ちょっと待って、ディスタンスディスタンス。二人とも落ち着いて。気をつけてよ」

 陽介の仲裁に、二人はゆっくり遠ざかる。

「黙ってろ。おまえもうるさいっ」

「そうそう、陽介くんは黙ってて」

 二人からにらまれた陽介はのけぞり、口を閉じた。

 この二人、新型コロナウイルス蔓延に関係なく、寄ると触るといがみ合ってばかりいる。家が近所で幼馴染。これまでずっと同じクラス。いまは隣の席で、ずっと一緒だ。こんなことなら、こっそり頼んできた李厘のお願いを聞いて隣にするんじゃなかった。いい加減、二人の仲裁役から卒業したい。だいたい、二人が喧嘩するなんて、これで何度目なんだ……。

 見飽きた光景に陽介は、仲裁がただただ面倒くさかった。

 だからといって、友達として無視することもできない。このままだと二人のイライラが、マスクしててもこっちにまで感染りそうだよ……と、陽介がぼやきかけたときだ。

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