愛死

しょうた

あいしてる

 静かで、暗い。 ここは……


 あぁ、そうだ。


 私、死んだんだ。



『あいしてる』


 魔法の言葉。 たった五文字なのに、人を惹きつけるその言葉。 どうして頭から離れないのだろう。

 

 あぁ――私はきっと愛されてなかった。 

 愛されていなかったから『あいしてる』が離れない。


 数日前まで、私には大好きな彼がいた。 自慢の彼で、いつも私は横にいた。


 でも、彼はある日を境に、私への態度が少し変わるの。


「ただいま、あいしてる」


 あいしてる――私がまちごがれていたその言葉。 


 突然の事で、私は舞い上がったの。 嬉しすぎて。


「えへへ〜」


 勝手に頬が、口角が上がり、目尻はこれでもかというくらい下がったの。


 私は、その時の感情を一生忘れないと思う。


「ねぇ〜りょうくん、今日はなんだかご機嫌ね」


 その瞬間、私の胸はちょっとざわついた。


「ううん、そういえば言ったことないなって」


 あ、私わかっちゃった……


「りょうくん、私もあいしてるわ」


 珍しくりょうくんの体から甘い香水のような匂いがした。


 りょうくんは、ニコッと笑みを浮かべ、お風呂へ向かう。


 どうして隠すの。 前に二人で決めたじゃない。 隠し事はなしだって――


 それからの日々は、心のどこかがぽっかりと空いているような気分だったわ。



 ある日夢を見た。


 付き合いたての頃の私とりょうくん。


 手を繋ぎ、街を歩いた。 もちろん恋人繋ぎ。


 付き合って初めて二人で足を運んだ場所はカフェだった。 初めてにしてはいささか庶民的だけど、とても癒しの空間だったわ。


 お店の中に入り、お茶をしながら私たちはゆっくりと午後の時間を楽しむ。

 外の音は静まり、店内に流れる一昔前のジャズは、より一層午後のティータイムを満喫させてくれたわ。


 その時りょうくんが言った言葉を、今の今まで忘れたことなんて無い。


「まい、いつか俺たち……結婚できるといいな」


 凄く嬉しかった。 体に電気が走るような感覚がしたわ。 今でもその時の事を思い出すとビリってするほどに。


 そこで私は目が覚めた。 けどその夢の記憶は、目が覚めると同時にうすれてゆく。


「夢……なんだっけ」


 覚えてもいないのに、涙が頬を流れた。


 頬にできた同じ道を、何粒もの涙が流れ、落ちてゆく。


今日も、いつものように『おはよう』から朝がはじまる。



「りょうくん、話があるの」


「ん? どした」


 張り詰めた空気、ナイフで心をぐちゃぐちゃにされるような、そんな痛みが走る。


「浮気……してる?」


「急にどした」


「ううん、やっぱいいや」


 やっぱりね、ちっともこっちを見てくれない。


 ねぇりょうくん、私の事『あいしてる』?


 あいしてないならそう言って。 私も考えるから。


 何も言ってくれないのがいっちばん辛いよ。



「ふぁ〜あ」


 今日の天気は晴れ! 洗濯物を外に干そう。 きっとあっという間に乾くわ!


「りょうくん朝だよ〜、起きて!」


 私はりょうくんの体を揺する。 


「んっ……」


 いつも通りの朝、私はいつものように朝食を作り、食卓へ並べる。


「「いただきます」」


「ん〜おいしっ! どお〜りょうくん」


「うん、おいしぃ」


 あ、りょうくん笑顔だ! 嬉しい。


 それから準備をし、8時15分、りょうくんは家を出る。


 「いってらっしゃい……言えなかったな」


 言えないのは、いつもの事。



 8月9日


 りょうくんの誕生日まで、あと5日。


「何作ろっかな〜、りょうくんの好きな物いっぱい作っちゃお!」


 私はずっとウキウキしているの。


 だってりょうくんが生まれた日なんだもの。



 8月14日


 私は食卓にりょうくんの大好きな料理を並べ、足をゆらゆら揺らしながらりょうくんの帰りを待つ。


 8月15日、午前0時


 りょうくんは帰ってこない。


 私は一人、ご飯をも食べず料理の並んだ食卓に頭を伏せる。 


 そして気づけば、朝になっていた。


 目を覚まし体を起こすと、ブランケットが肩からするりと落ちる。


「りょうくん……」


 午前9時、既にりょうくんの姿はない。


「いってらっしゃい……りょうくん」


 でも、いつもと違う。 何時間経とうと、りょうくんは帰ってこなかった


 以前より殺風景になった部屋。

 りょうくんの物は何一つない。 全てが部屋の片方に寄っている。


 そして、りょうくんからメールが届いた。


――大好きだった


 と、一言


 「寂しいなぁ」


 声が震える。 私、どうしようもなくりょうくんが好きなの。



 9月14日――私が旅立つ日


 そうだ、この日を記念日にしよう!


 人生最後の記念日。


「愛しのりょうくん、私を好きでいてくれてありがとう。 私を――愛してくれてありがとう」


 私は決めた!


 来世はもっといい人に、愛してもらおうと。

 


 

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