愛死
しょうた
あいしてる
静かで、暗い。 ここは……
あぁ、そうだ。
私、死んだんだ。
*
『あいしてる』
魔法の言葉。 たった五文字なのに、人を惹きつけるその言葉。 どうして頭から離れないのだろう。
あぁ――私はきっと愛されてなかった。
愛されていなかったから『あいしてる』が離れない。
数日前まで、私には大好きな彼がいた。 自慢の彼で、いつも私は横にいた。
でも、彼はある日を境に、私への態度が少し変わるの。
「ただいま、あいしてる」
あいしてる――私がまちごがれていたその言葉。
突然の事で、私は舞い上がったの。 嬉しすぎて。
「えへへ〜」
勝手に頬が、口角が上がり、目尻はこれでもかというくらい下がったの。
私は、その時の感情を一生忘れないと思う。
「ねぇ〜りょうくん、今日はなんだかご機嫌ね」
その瞬間、私の胸はちょっとざわついた。
「ううん、そういえば言ったことないなって」
あ、私わかっちゃった……
「りょうくん、私もあいしてるわ」
珍しくりょうくんの体から甘い香水のような匂いがした。
りょうくんは、ニコッと笑みを浮かべ、お風呂へ向かう。
どうして隠すの。 前に二人で決めたじゃない。 隠し事はなしだって――
それからの日々は、心のどこかがぽっかりと空いているような気分だったわ。
*
ある日夢を見た。
付き合いたての頃の私とりょうくん。
手を繋ぎ、街を歩いた。 もちろん恋人繋ぎ。
付き合って初めて二人で足を運んだ場所はカフェだった。 初めてにしてはいささか庶民的だけど、とても癒しの空間だったわ。
お店の中に入り、お茶をしながら私たちはゆっくりと午後の時間を楽しむ。
外の音は静まり、店内に流れる一昔前のジャズは、より一層午後のティータイムを満喫させてくれたわ。
その時りょうくんが言った言葉を、今の今まで忘れたことなんて無い。
「まい、いつか俺たち……結婚できるといいな」
凄く嬉しかった。 体に電気が走るような感覚がしたわ。 今でもその時の事を思い出すとビリってするほどに。
そこで私は目が覚めた。 けどその夢の記憶は、目が覚めると同時にうすれてゆく。
「夢……なんだっけ」
覚えてもいないのに、涙が頬を流れた。
頬にできた同じ道を、何粒もの涙が流れ、落ちてゆく。
今日も、いつものように『おはよう』から朝がはじまる。
*
「りょうくん、話があるの」
「ん? どした」
張り詰めた空気、ナイフで心をぐちゃぐちゃにされるような、そんな痛みが走る。
「浮気……してる?」
「急にどした」
「ううん、やっぱいいや」
やっぱりね、ちっともこっちを見てくれない。
ねぇりょうくん、私の事『あいしてる』?
あいしてないならそう言って。 私も考えるから。
何も言ってくれないのがいっちばん辛いよ。
*
「ふぁ〜あ」
今日の天気は晴れ! 洗濯物を外に干そう。 きっとあっという間に乾くわ!
「りょうくん朝だよ〜、起きて!」
私はりょうくんの体を揺する。
「んっ……」
いつも通りの朝、私はいつものように朝食を作り、食卓へ並べる。
「「いただきます」」
「ん〜おいしっ! どお〜りょうくん」
「うん、おいしぃ」
あ、りょうくん笑顔だ! 嬉しい。
それから準備をし、8時15分、りょうくんは家を出る。
「いってらっしゃい……言えなかったな」
言えないのは、いつもの事。
*
8月9日
りょうくんの誕生日まで、あと5日。
「何作ろっかな〜、りょうくんの好きな物いっぱい作っちゃお!」
私はずっとウキウキしているの。
だってりょうくんが生まれた日なんだもの。
*
8月14日
私は食卓にりょうくんの大好きな料理を並べ、足をゆらゆら揺らしながらりょうくんの帰りを待つ。
8月15日、午前0時
りょうくんは帰ってこない。
私は一人、ご飯をも食べず料理の並んだ食卓に頭を伏せる。
そして気づけば、朝になっていた。
目を覚まし体を起こすと、ブランケットが肩からするりと落ちる。
「りょうくん……」
午前9時、既にりょうくんの姿はない。
「いってらっしゃい……りょうくん」
でも、いつもと違う。 何時間経とうと、りょうくんは帰ってこなかった
以前より殺風景になった部屋。
りょうくんの物は何一つない。 全てが部屋の片方に寄っている。
そして、りょうくんからメールが届いた。
――大好きだった
と、一言
「寂しいなぁ」
声が震える。 私、どうしようもなくりょうくんが好きなの。
*
9月14日――私が旅立つ日
そうだ、この日を記念日にしよう!
人生最後の記念日。
「愛しのりょうくん、私を好きでいてくれてありがとう。 私を――愛してくれてありがとう」
私は決めた!
来世はもっといい人に、愛してもらおうと。
愛死 しょうた @sen1000sen1000
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