廃墟
人の気配がしなくなった建物の中では声がよく響いた。廃墟となった工場には死体が積み上げられ燃やされるが、誰もそれを直視しなかった。いや、出来なかった。
「ファクトリー工場星系……の話をしようか」
山積みの死体を一瞥すると不味いタバコに火をつけて雑談を話し始めた。その男は一回此処で殺されている。
「塩っ気な、よそうぜ」
皆は燃える黒い山から移動を始める。
部隊の一人は昔話をよく思っておらず、語り部を止めようとするが崩れかけの、なれど穴一つない天井を見れば考えを改めた。よく知った話だったものの暇を持て余すよりマシだった。
男はタバコを小さく吸って言葉を発す。
「ファクトリーは……知っての通り星系丸ごと工場だ。万なんてもんじゃねぇ、億、悪けりゃ京まで行ったかもな」
タバコを握り潰しギラギラに目を尖らせて工場内を見渡す。瞳は殺意と共に滅んだ故郷を眺めるような哀愁を帯びていた。
曰く、ファクトリーは私利私欲によって崩壊した。国家に属していながら離反する態度を取るファクトリーは工作によって企業群に対して反乱が発生した。しかし、労働者が中心となった反乱は即座に鎮圧された。政府の予想以上にファクトリーは自治が進んでいたのだ。艦隊を派遣し星系を包囲するも企業群は粘り強く反抗した。ファクトリーは一国家として完成し切っていた、それは企業自治領と呼ばれることになる。
「この星系には痛みを知らない軍隊が揃っていた。会社に逆らえばソレが殺しに来る。反乱を起こした奴らは来たばかりの若者だった」
男は無意識だったのだろう。頬にできた深い傷を触ると血が流れ出した。気付いた時には彼の手は真っ赤に染まって医療箱が側に置かれた。
「癖直せよ、いつまでも治らない」
「古傷に重なっちまったからな」
部隊にいる医学の知識のあるものが抉り取られた傷口を観察する、診た後に薬の霧吹きを行うとタバコを懐から掠め取った。
「何度目だよ」
「さぁ?」
ココに入って実に八回目となる。
男は次に、仲間もガスマスクを装着すると屋外へと躍り出た。
内紛で崩れたと言われた一個の工場はいまだに機能を保ち、人の働ける最低限の環境を維持していた。しかし、未だに過去の戦闘機械が跋扈する砂の惑星では、人間は生きることを許されない。かつて永劫と思われたファクトリーの繁栄は煤塵に埋もれてしまった。今ここにいるのは有機物の皮を被った化物のみ。
「救われねぇな」
「何がだ?」
「ここで人間は救われねぇ、必ず殺される」
ファクトリーを手に入れようとする国家は幾つもある。先程の死体の山もその一つだ。だが少なくとも、五十年は誰の手にも入っていない。残虐な無機物は過去の亡霊による命令を遵守し、侵入者を排除し続けている。ファクトリーの機能が年々少なくなっていこうとも、彼らは最後の最期まで獅子となり、資本家の隷従を享受する。そう、確信した。
「新入り、慣れたか?」
血塗れの手を肩に押し付けられた。首を縦に振る。
「ああ、もとプログラムと合わずに混乱しちまって勝手に機能停止していく輩も居るから冷や冷やしてたぜ、なんせお前……いんや、何でもない」
崩れた工場の隣を通る。積み上げられたガラクタの山、砕け散った墓の跡、有機物の燃え尽きた灰の山脈。資本家が逃走した後にあったのは虐殺以外に表しようがない。彼らはプログラムを改変したのだ。全ての証拠を根絶やしにするために、幾多の命を火山に突き落とし殺した。
「もう、お別れだ」
「……」
「哀れな蜘蛛になったな」
「……」
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