第4話

 人間の心理は不思議なものだ。一度扉を出るとまた扉に入りたくなる、鳴る腹を押さえて無理やり登る。暫くは水さえあれば問題ない。


 飢えた狼の様になる腹を抑えながら何かをするのはこれが初めてではない。色々あった。しかしそれは貧民街の者なら誰しもが体験しそのまま空腹すら感じられない朽ちた体になるのも多くいた、一日一日を大切に過ごし明日を考えるので精一杯、謂うなれば刹那的だった。その生活は好きだったし何より性に合っていた、母親も父親も死なずに残り健康的な妹にまで恵まれた。飲む水が誰かの尿を洗浄した物であろうと、日々食べる何かが誰かのゲロから取り出した物でも当たり前の事で慣れきり、至極当然だった。


 そんな幸せは外から来た一人の人間で潰された。


「救いはあります」


 毎日同じ道で同じ建物の前で道ゆく人と変わらぬ服装で男はそんなことを言い続けていた。始めは馬鹿にしていた、外の世界から来ながら服装は変わらず食べるものも変わらず、家族すらいない。愛人もいない。仲間内でも馬鹿にして良く話の種にしていた。ある日、母親が妹に向かって言った。


「ゲン様を崇めなさい」


 一瞬であの男だとわかった。

 ゲンと名乗った男は確実に貧民街の衆民を見下していた。気づいていた仲間も居たには居たが声には出さなかっただろう。ちょっと間経つと男は貧相な服から華奢な服装に変わり連れの人を携えて、店に寄付をお願いして店主は怪物でも見るかの様な目で恐る恐る震える手で金を手渡した。ゲンの信者はねずみ算の如く増えに増えいつの間にか母親も父親も取り憑かれた様に「ゲン様!ゲン様!」とダーティな男に手を振っていた。


 ルンは落ち着いて現状を鑑みこれから起こるであろうことを予測していた。


「──だね、僕はどうでもいいけど周りが許さないだろから……武器はあるかい?」


 確かそんなことを言った。

 ゲンの信者は自警団にも広がり既に信者を抑えつけることは不可能に、武器の調達は自作するか金にしか目がない武器商から買うしかなかった。幸いにしてルンは生粋の天才だった。使えそうな部品やガラクタを持っていくとすぐさま組み立て武器に仕立て上げていく、妹も手伝いいつしかゲンに反抗する人が周りに集まり一大勢力となった。すなわち、貧民街が割れたのだ。


「「「国に救い在らず!」」」


 父親も母親も家を出て行きゲンの後ろに並んだ。いつしか列は銃を持ち、周りを脅して列に参加させていく様になっていた。国だって見逃すはずがない、が、時期が悪かった。大きな紛争が起こり貧民街一つを意識することはできず派遣されたのは二個大隊程度、到底ゲンを止めることが出来るものではなかった。


 知らなかったのだろう、幼稚な艦隊を持っていたことを。

 知らなかったのだろう、既に星系が封鎖されていたことに。

 知るはずがない、自分らが踏み潰されるなど。


 反乱はすんのところで失敗した。しかし二個大隊の軍のは敗退し再び戻ってくるまでに一月を要することとなる。


 この結果を聞いたルンの表情は曇り部屋の空気は息が詰まるほど悪化した。扉からどんどんと殴りつけ有無を言わさぬ気配が伝わってくる、信者は片手に銃を持って星中の家々を脅し、信者にならねば銃殺するまでになっていた。


「いいかい、例の山で合流だ。来なかったら戦死名簿に出すからなね」


 震えた口調でそう言った。


 古く寂れた懐かしい扉を見つけ、入る。

 ルンの家の扉は最終的にレーザーや爆弾で砕けて無くなった。強化された家の扉は頑丈で外からの銃に何発と耐えたが爆弾で直に爆破されるとどうしようもなく、さらにその破片は部屋にいた五人と三体のロボットに凶器となって襲いかかり一体のロボットが犠牲になった。


 扉の向こうには見ることの出来なかった生々しい戦闘の爪痕があった。破壊されたロボット、捨て置かれた銃火器、突き抜け光の入る青天井。ビルは残酷なまでにそこを再現している。


「ベラ、ハルマ」


 二人はここで亡くなった。愉悦者に頭を撃ち抜かれ死体になったが最期に爆弾のスイッチを入れた。その三十秒後にルンの家は完全に破壊され家にいた狂信者が数人瓦礫の下敷きになった。いつもなら近い山までの道は煙に隠れて見えることは無かった。


 青天井になる前の部屋は真昼の時間でさえ部屋は薄 暗く電球がなければ腕を伸ばす先すら判ら無かった、だが今は曇った空から薄い光が入り込んでいる。それ程破壊されていないキッチンには食料と水が置いてあった。貧民街でよく食べた不味い昼飯に先ほどとは違う、誰かのゲロを濾過した黄色がかった水だった。

 軍の配給に慣れた身としては食べるのは気が引けるが空腹には敵わずがっつく。街の端にあった三十代の先代からの後継が切り盛りして不味い飯を出来るだけ美味しくした食べ物の味だった。

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