chapter6 巨万の魔石

「こいつは、す、すごい……“マナチャージクリスタル”としての機能も、おまけに過ぎない。まさに、“巨万の魔石”と呼べるほどの、素晴らしい可能性を秘めているゥ!!!」


 眼鏡をかけた細身の男が、興奮のあまりに声が裏返っていた。

 彼はラージャハ帝国の中でも、少し変わり者の学者であり、過去に失われた文明に並々ならぬ熱意や愛情を抱いており、時折、カスロット砂漠にある遺跡に冒険者を雇い、時に単身で直接おもむくほどの変わり者であった。


 そんな彼の興奮の源――幾何模様の魔晶石らしき材質の箱を、ルーペで見ては唸り、なにかの魔道機の分析器にかけては、飛び跳ねてはしゃぐという子供もかくやと言えるその姿に対して、キース・アイデンスが優雅な笑顔を崩すことなく相対していた。


「できれば、後、数日……いや、年単位で研究をさせてください! お金なんていりませんから……! 是非是非是非ッ!!!」


 と、いきなり薄汚れた床に這いつくばり、土下座までする眼鏡の男。

 恐らく、この場で靴を舐めろと言われたら、恥も外聞もなく、やってのけただろう。

 そして、そんな男に対して、申し訳に――キースは、断りをいれる。


「申し訳ないが、私にも時間がなくてね。今度、出発するデザートイーグル号に乗って、共和国に帰る必要があるんだ。残念だが……」

「それなら、共和国に一緒に行かせてください! そこで、このボクに研究をォ!」


 がばりと顔を上げて、懇願する男に対して、キースは少し悩んだそぶりを見せた後、承諾する。


「フム……まあ、余計な人間は、あまりコレに関わらない方がいいか。分かった、付いてくるといい。ただ、まずはコレの使い方を、優先的に調べて欲しい」

「畏まりましたっ! それで、宜しければ、今晩はコレをお借りしてもよろしいですか? 機材が揃っているうちに、できるだけ調査を進めたいので……」




 そして、そんな会話があった日の夜。

 彼は、鑑定士仲間でもある男に、デザートイーグル号の乗車券の融通をしてもらうようお願いし、その際に、“巨万の魔石”の話を少し漏らしてしまう。




 その翌朝。

 彼はキース・アイデンスの予想よりも、優秀であったのだろう。

 たった一晩で、“巨万の魔石”の大まかな使い方だけでなく、その秘める可能性の中に、危険性があることに気づく。

 そして、キースに対して、その説明を朝一にする。




「……私は優秀で善良な国民は大好きなんだよ」


 笑顔のキース。


「だからこそ、残念でならない。こうして、その国民を失うことになるとは――」


 そして、キースが“巨万の魔石”を使うと。

 彼はカスロット砂漠の無限にある砂粒の一部となり、風と共に散っていった。




 ……。

 …………。

 変わり者の彼が突然いなくなったことに対し、周囲からは「また、どこぞの遺跡に行っている」と思われており、行方不明であることが発覚するのは、デザートイーグル号が出発してから数週間後となる。


 そして、彼と仲の良かったも、デザートイーグル号が出発する前から行方不明になっていたのだが――この二つの事件が、結びつけて考えれることは、終ぞなかった。




GM ……さて、は、突如として発生した“奈落の魔域シャロウアビス”に取り込まれたところからスタートする。

三人 はい!?

GM 先ほどまで、周囲は砂漠だったが、森……のようなところに、いることに気づく。そこは、見たこともない奇怪な植物が生えており、よくよく見れば、花だと思われるところに、歯車が生えていたり、木の樹皮はセラミックだったり、蔦は電線だったりしている。ただそれらは、純粋な機械という訳ではなく、生命を蠢きながら浸食している機械群といった様子から、どこか冒涜的で醜悪さを感じさせる森であった。

 例えるなら、正気度SAN値が下がりそうな感じ。

三人 そっちかぁ(苦笑)。

アターシャ ……それで、我々が乗ってきた砂上船は、どうなっている?

GM この森に乗り上げる形で、転覆したような様に、真っ二つになっている。

ジャンクォーツ ウゲッ!? これって、チョー高価なやつっしょ!? 弁償とか、ヤバない?

セイゲン・ダイン(以下、セイゲン) いや、アイデンス家の所有物であるから、弁償はないかもしれぬが……下手をすると、減給・降格はあるかもしれないでござるなぁ……(苦笑)。



 *護衛編プロローグスタート。リプレイ上では『chapter6』に掲載していますが、実際には、キャラクター作成後のお試しセッションを、無理やり文章にしたものです。



ジャンクォーツ ウェーイ!? それ、オレたちのせい!?

アターシャ ……ウェイウェイ、うるさい。隊長を少しは見習って、落ち着いて行動できないのか、ジャンクォーツ。

ジャンクォーツ うぇい(頷く)。(一同苦笑)

セイゲン ともかくでござる。まずは、キース様を含めて、“奈落の魔域シャロウアビス”での安全の確保、そして脱出が最優先でござるな。できれば、“核”を壊しておきたいが……。

GM では、そんな会話をしていると、君らが仕えるキース・アイデンスが護衛全員を集めるよう指示する。そして、壊れた砂上船の船頭に立ち、演説を始める。

  /キース・アイデンス(以下、キース) 「我々は、今、新たな試練に直面している! しかし、同時にこれはチャンスでもある! 周囲を見たまえ! この森は、未だかつて見たことのない植物にあふれかえっている! そして、ここには外の世界では得られなかった奇跡があるかもしれない!

 そうだ。この奇跡! その一端でも持ち帰れば、共和国に、いや、この世界に奇跡をもたらす可能性がある! まずは、この“奈落の魔域シャロウアビス”を探索し、奇跡を見つけ出すのだ!」

セイゲン …………。

GM/キース 「危険はあるだろう。しかし、大丈夫だ。ここにいる諸君らが、一流の実力を有していることは、この私が誰よりも知っている! 多少の危険など、我々を阻むことはできないからだ!!」




 キース・アイデンス。

 物見遊山でこの危険なカスロット砂漠に訪れた、貴族の人物である。


 自称――そもそも、キングスレイ鉄鋼共和国は、過去の残虐な狂王の影響が今もなお残っており、共和国は王権制度を廃止し、議会制度を導入している。

 “民による民のための国”――“王弑の国King Slay”と呼ばれる所以がある。



 その際に、王権と繋がりが強い貴族も全て法律によって廃止されたのだ。

 その為、共和国で“爵位”は存在しない。


 当時の狂王を討伐する際には、一般の民衆だけでなく、妻や子供を王に奪われた貴族たちもまた、王を打倒せんと立ち上がり、共に戦って勝利した経緯がある。

 そして、新たな狂王を生み出さないためにも、議会制度を率先して導入し、自ら貴族の地位を捨てた誇り高き者たちでもあった。


 アイデンス家も遡ると、そういった一族の一つになる。

 その思想は、長い年月共に『高貴なる義務ノブレス・オブリージュ』を掲げ、権利ではなく義務を意識した“貴族”を、も込めて自称することとなった。

 アイデンス家の当主は、そういった教育を幼い頃から受け、その高い理想をしっかりと受け継いでいる。そして、自分の子供たちにも同様の教育をしており、立派に育てていた。

 厳しい人物として知られるアイデンス家当主も、長男や次男が立派な成人となり、安心して後を任せられると思った時に、キース・アイデンスが生まれた。


 当主や、成人していた長男、次男らは、この年の離れた三男を、かなり甘やかして育てた。

 アイデンス家の教育もほどほどに、「自由に生きて欲しい。なんなら、冒険者になるなんてのも、いいかもしれないな」などと、自分たちにはできなかった自由への願望をような形で、歪な教育を施してしまった。




 その結果、中途半端な“貴族”を自認した見た目だけは貴公子が、王なきキングスレイ鉄鋼共和国に誕生することとなる。




GM ということで、キースの演説が特別報酬までいくと、魔域探索の話は、護衛たちに「ま、やってやるか」といった雰囲気が流れる。なんだかんだで、冒険者なら中堅以上の集まりで、何度か“奈落の魔域シャロウアビス”も攻略している集団でもある。

セイゲン 隊長殿も、同じお考えであろうか?

GM 護衛隊長は、キースの演説に対して苦笑いを浮かべつつも、承諾をする。なんというか、彼もまた、キースを手のかかる孫や弟子のように思っているふしがある。

ジャンクォーツ うぇいうぇい(相槌?)、隊長がそうなら、オレは頑張るっしょ。キース様はともかく、隊長にはスラムから拾ってもらった恩もあるし。セイゲンのおっさんやアターシャちゃんも、そうっしょ?

アターシャ ジャンクォーツに言われるのが、業腹だが仕方ない。チッ(舌打ち)。

ジャンクォーツ 舌打ちッ!? ねえねえ、アターシャちゃん、オレにだけ当たりキツくない……?

アターシャ (無視して)セイゲン。貴方のその慎重さは、大切なものだが。ここには二十人もの実力を持った護衛がいる。できたての魔域でどうにかなるとは思えない。

セイゲン う、うむ。そうか、そうでござるな……(少し思案)。

ジャンクォーツ 無視!? あ、アターシャちゃんなんて、この魔域で「クッ、殺せ」って言いながら、エッチなイベントに巻き込まれちまえばいいんだー!!? うぇーい!!!(捨て台詞)

一同 もう意味が分からないよ!?(笑)

GM 確かに、アターシャには似合いそ――(睨まれて)――コホン。ともかく、ここは護衛二十名たちは探索組と護衛組に分かれて行動することになります。みなさんはどっちに所属しますか?

三人 「「「探索!」」」

ジャンクォーツ 息ぴったり! やっぱ、オレたちは相性バッチシっしょ!

他二人 (スッと、一歩引く)……。

ジャンクォーツ そこも、息ぴったりっ!?(笑)

GM では、五人一組になって、探索三組。それに、キースと護衛隊長と含めた護衛一組に分かれることになります。




GM 探索組に志願した君たちには、二人の護衛仲間がついてくる。今回、護衛に雇われた共和国の冒険者で、スカウトやレンジャー持ち。戦闘はちょっと苦手。

(セイゲン ウム。拙者たちは、スカウトもレンジャーもないから、助かるでござるな)

(ジャンクォーツ つーか、探索技能がないオレたちが、探索組になんで志願したのか、訳分からないっしょ?(笑))



 *【サノバガンこそこそ噂話3】データ作成時に、護衛チームは『スカウト技能取得禁止/魔法技能必須/1アイテム半額購入可能/初期経験点減少』で作ってもらっているよ。一方で、強盗チームは逆に『スカウト技能必須/魔法技能取得禁止/初期所持金半減/初期経験点増加』で作ってもらったんだ。(冒険者チームは特に制限なし)



GM さて、仮称“魔道機の森”を探索していると、果実かと思い、皮を剥いてみると電球のようなもので明かりがついていたり。迷わないように木を傷つけて印をつけてみると、中から樹液のようにオイルが染み出てくる……そんな光景に出くわす。後、理由は分からないが、動物や虫などは一切見かけない。

アターシャ どうやら、ここで食料を得るのは不可能なようだな。長期間の探索は、無理か……。

ジャンクォーツ ウェーイ、食料って、どんだけある? ちと、心配になってきたっしょ。

セイゲン 手持ちなら、一週間の携帯食料はあるでござるが……。

GM/護衛仲間たち 「安心していいと思う。あの砂上船には、全員が1ヶ月以上は充分に飲み食いできる量を積んでいるから、あそこを拠点にすれば、ある程度は大丈夫なはずだよ」と、一緒についてきた護衛仲間が話しかけてくる。

セイゲン それは、僥倖ぎょうこうでござるな。いや、万全と言うべきか?

GM/護衛仲間たち ちなみに、そんな話にもう一人の護衛の肩を組んで茶化すように話しかける。「いやいや、できればこいつはあんまり長くは探索なんてしたくないはずだぜ。なにせ、もうすぐ、幼馴染と結婚するって息巻いてるからなッ!」「か、からかうのはやめてくれよ~」とか話している。

一同 変なフラグを立てるな!?(苦笑)

GM さて、そんな君たちが魔域の探索を開始して1、2時間ぐらい経過した頃。危険な生物どころか虫一匹とも出会わず、ひたすら森の中を歩ていた時のことだった。




 ヴウゥゥゥゥゥゥーッ!!!

 といった、サイレンのような音が、魔域全体に鳴り響くと共に、明るい空が一転して、暗い空に移り変わっていき、灰色の濃い霧も立ち込めてくる。

 森の暗がりの中で、地面に腐り落ちた果実――電球もどきが、今にも消えそうなわずかな灯りをわずかに点滅させていた。

 そして、先ほどまで感じなかった、いくつもの強烈な存在が濃厚な霧の向こう側から感じられるのが、探索技能を持たないセイゲンたちにも分かるほどであった。

 冒険者としても一流と言える彼らには、それが隔絶した強さを持っているナニカであることは分かり、ひんやりとした濃霧の中でも、冷や汗が止まらなくなる。



 そんなセイゲンたちも、サイレンを聞いた瞬間、円形に固まり、即座に警戒態勢を取っていた。

 そして、それまで影も形も見えなかった遠くの濃霧の空の向こう側に、ぼんやりと歪な塔らしきものが、暗視能力のないここにいる全員でも見て取れる。

 そこから、サイレンが鳴り響いているようだが、その塔までの距離感はまったく分からず。そこを目指すべきなのか、それとも、壊れた砂上船の場所に戻るべきか判断に迷っていた。


 そんな逡巡していた時に、ガサガサと音がして、濃厚の霧の向こうから複数の足音がこちらに近づいてくるのが分かる。




GM ということで、戦闘です。

 今回は、護衛仲間二人は“フェローお助けNPC”ほどではありませんが、スカウトの先制判定、戦闘後のレンジャーによるMP回復ができます。

(セイゲン まずは、拙者の〈ペネトレイト〉で……魔物知識判定は成功でござる)

GM その出目だと、残念ながら弱点は突破しませんでした。敵は魔神“ルンゼマーゼ・亜種”が二体。木の仮面の代わりに、金属製の仮面をつけており、繊維の代わりにコードに覆われた身体をもった二刀流の“機械に浸食された魔神”です。その為、能力にある《ひらめく繊維》による命中ペナルティがなくなっている代わりに、防護点+2されております。

(アターシャ ……待て、GM。私の目がおかしいのか、こいつらのレベルは『12』と読めるが、それが二体なのか……?(※護衛三人組は冒険者レベル9))

GM ハハ、大丈夫だよ(たぶん)。例え、死んだとしても、これはお試しセッションだし(小声)。

一同 駄目なヤツだ、コレッ!!?



 *急遽、作戦会議に入るゲーマーな彼ら。ちなみに、今回の消耗品はお試しセッション後に、補充される旨を通達。



(セイゲン 防護点半分なぞ、拙者の《かばう》とは相性が悪すぎるでござる。先制を取って、拙者一人で即座に接敵。《ディフェンススタンス》で前線維持しながら、補助魔法をうけつつ、魔法で少しずつ削る……が、妥当か?)

(アターシャ 4回攻撃が二体……計8回攻撃ね。正直、セイゲンが倒れれば、私たちは一瞬で終わりね)

(ジャンクォーツ ウェイ(同意)。オレたちは軽戦士フェンサーは持ってはいるけど、さすがにレベル12相手じゃ無理ッ(苦笑)。ともかく、今回はほぼ確実に先制は取れるみたいだし、作戦通りにいけるっしょ)

GM ……了解です。それでは、護衛仲間の先制判定は――(ころころ)《運命変転》で成功しました。



 *1ラウンド目。セイゲン接敵。そこで、アターシャと協力することで、防護点を限界まで上昇+ダメージ3点減少にする。



ジャンクォーツ 〈サモンフェアリーⅣ:クーシー〉! 回復魔法が使える、キミに決めたッ!

GM/ルンゼマーゼ・亜種 では、こちらの手番ですね。こいつらは、知能も下がっているので、目の前のセイゲンをひたすら攻撃してきます。

セイゲン うおおおおおおっ!! (ころころ×8)……よしっ、1回のみ命中。ダメージも11点であった。生き延びたでござるよ!!

 さて、2ラウンド目は、《ディフェンススタンス》を維持しつつ、自分に〈ブレス〉で回避増加。

アターシャ ……これは、持久戦になるわね。セイゲン以外全員に、〈スペルエンハンス〉で魔力増加。



 *そんな感じで、2ラウンド目も手堅い選択をする護衛チーム。双方共に、大きな進展なし。3ラウンド以降も、1~3回の攻撃を食らうセイゲンを回復しつつ、余った手番で、地味にチマチマと魔法ダメージで削っていく。



(ジャンクォーツ だー、もう面倒っしょ!!? MPもかなり減ってきているのに、敵のHPは半分ぐらい残ってるし! 先にオレたちのMPが尽きるっしょ!?)

(セイゲン ウム。このままでは、確かにじり貧でござるな……。負けないものの、決定打がない。どうしたものか……)

GM まあ、昔みたいに、特殊な魔法がクリティカルで通ったら、敵を完全無効化! ……みたいな展開は、ほぼ無くなっただろうし。それに、思った以上に護衛チームはスキル構成だったのは想定外でした……。すみません、これはGMの采配ミスです。

 では、ここで今回の戦闘の目標を変えます。9ラウンドまで持ちこたえるか、それとも一体を倒したら、イベントが発生して、戦闘が終了することにします。

一同 (残りのラウンド数とMPを計算し始める)

(アターシャ (計算が終わり、ニヒルな笑みで)フ……、伊達に豊富な資金で、魔晶石を限界まで買ってはいない。勝ったわね)

(ジャンクォーツ だけに、か。……ね、アターシャちゃん?(微笑))

(アターシャ ダジャレじゃないわよっ!)



 *MP消費を考え、二体同時攻撃から、一体集中攻撃に切り替える一同。その2ラウンド後。



ジャンクォーツ 〈ストーンブラスト〉ッ! よし、ファンブルを《運命変転》でクリティカルに変更! ダメージは18点っしょ。

GM/ルンゼマーゼ・亜種 「GUGAGAGAGAAAAA」と意味が分からない言葉を発しながら、身体から茶色いオイルをまき散らして倒れる。その身体からは、ゼンマイやネジ、バネなどと一緒に、内臓らしきもナニカもはみ出ているのが分かる。

 では、ここで戦闘は一旦終了になります。




「残り、一体……か。マジ、キツイっしょ……、オレ、もうほとんど魔法使えねぇっなっと。アターシャちゃんは、どう?」

「フン。ジャンクォーツ、なに情けないことを……と言いたいところだが、私も似たようなものだ。セイゲンも、こうして立っているのが不思議なくらいだ」

 一体を倒したとは言え、あの魔神の振り回す二刀の乱舞は、一撃一撃が重く、護衛隊長クラスではないと捌けない鋭さも持っていた。

 セイゲンの防御全集中の構えにより、それらをギリギリで見極めているが、それも補助魔法の効果が切れれば、すぐにあの剣の餌食になる未来は避けようもない事実であった。


 そして、そんなところに、再びガサガサと再び音がすると。

 濃霧の向こうから、先ほどの魔神がさらに二体現れる。


「ヌウ……、これまでか。拙者が、こいつらを足止めをする!!! お主らは、急いでキース様や隊長殿にこのことを伝えに戻るのだッ!!!」

「セイゲンのおっさん!!? なに言ってんだッ!!! あんたを置いて、逃げる訳いかねぇだろ!!!」

「……ジャンクォーツ……、退くぞ」

「アターシャちゃん!? だ、ダメだ。それは聞けねぇ!?」

「だったら、あそこの二人も巻き込んで、一緒に死ぬ気か!?」


 戦闘能力では、ここいる三人よりも落ちる護衛仲間を見て、ジャンクォーツが苦しそうに顔を歪める。



「……へへ、だったら。アターシャちゃんが一緒に戻って、みんなを呼んできてくれよ。オレは、ここに残ってセイゲンのおっさんと一緒に足止めをするぜ! 妖精ちゃんもいるし、相手も同じ三体。それぐらい、持たせてやらぁッ!」


 ジャンクォーツは一歩前に進み、アターシャにその背中を見せる。



 この場所に来るまでに、砂上船から1時間以上かかっている。

 例え、どんなに急いだとしても、ここに仲間が来るには往復でも1時間はかかるだろう。

 そして、先ほどの二体の魔神相手の戦闘に、生き延びた時間はわずか2分程度。

 なんとか一体を倒したとはいえ、今は増えて三体。


「そこのアンタも今度、結婚するんだろ!? だったら、こんな野郎相手にのんびりしてねぇで、さっさと行けよ。それに、この濃霧の中なら、あんたらの先導も必要なんだぜ?」



 ジャンクォーツが促したところで、アターシャもまた一歩前に出る。


「……分かった。スカウト技能を持つお前たち二人なら、迷うことなく戻れるはずだ。私も残ろう」

「アターシャちゃん……オレは、キミに……」

「みなまで言わないで。……最期まで、付き合ってあげるわよ」


 刻一刻を争う中、セイゲンの傷が増えていく。



「……分かった。すぐにここに戻る。絶対だ! だから、それまで生き延びてくれッ!」


 ジャンクォーツたちの決意を受け、護衛仲間の二人は、頷きあい。

 この情報を持ち帰るために、即座に走り出す。


 もはや、ここには絶望しかなかった。

 けれども、彼らは知らなかった。

 本当は、さらなる大きな絶望が待ち構えていたのだから……。




 これが、運命の分かれ道となる。


 ジャンクォーツたちが遭遇した魔神ルンゼマーゼは、この魔域では捕食される側であったということ。

 そして、捕食する側に、あっさりと魔神たちは喰われてしまったということ。




「ハハ、マジかよ……悪い夢でも見てるのか、オレたちは……」


 ジャンクォーツたちは、そこで奇怪な“空の魔神”に遭遇する。

 周辺の暗がりをさらに濃くする影が空一面に広がると、そこから無数の視線と共に、数多の触手を垂らしてくる。それらは、成人男性の腕ほどの太さを持つ、肉塊を宿した電源コードで、その気味の悪い触手をルンゼマーゼの身体に差し込んでいく。

 そして、魔神たちは、壊れた人形のようにぴくぴくと関節を無視して踊り始めると、ズルリと嫌な肉の音と共に、コードに取り込まれて、後には壊れた鉄仮面だけが残されていた。


 “空の魔神”からは、カタカタカタと歯車を軋みながら回るような音だけが、不気味鳴り響いている。



 そして、セイゲン、アターシャ、ジャンクォーツたちを無視して、“空の魔神”は砂上船の残骸があった場所に向けて広がっていくのだ。

 それを呆然と眺めることしかできない三人。



「……拙者の力不足で、細かいことまでは分からなかったでござるが。ただ、賢神キルヒア様のお力インスピレーションを借りて、アレの一端だけ分かったことがあるでござるよ」




 ――曰く、アレは、レベル20以上の魔神である。

 ――曰く、アレは、魔道機に近い性質のものを捕食する。

 ――曰く、アレの排気するガスが、この濃霧の元である。

 ――曰く、アレの排気ガスを間近で長く吸っていると、徐々に肉体が魔道機の性質に浸食されていく……。


 ――曰く、アレを“魔導の夜ヴァルプルギス・マシン”と仮称する。




 三人は、即座に布で口を覆い、みんながいるところに戻り始める。

 1時間かけて戻った先には、食い散ららされたような原型もない“魔道機の塊であった砂上船”と。船を守ろうとして、触手で一撫でされて、倒れた護衛たちの姿があった。

 そして、ここにいた誰よりも実力があった護衛隊長もまた、同様にやられており、そして、倒れた身体の傷口からは、バネやネジのようなものがはみ出ていた……。


 その場には、キース・アイデンスの姿や、生き残ったはずの護衛たちもいなかった。

 そこで、再び耳障りなサイレンの音が響き渡ると、“空の魔神”の姿は薄れていき、明るい空に移り変わっていく。

 濃い霧も晴れ、あたりは再び生命らしさの感じられない、無機質な森へと戻っていった…………。




「……なあ、アターシャちゃん。なんで、なんでオレの昏倒回復魔法バイタルフォースが効かねぇんだよ……」

「知るか! 私が、私が知る訳ないだろう!?」

「なんで、アターシャちゃんの蘇生魔法リザレクションが効かねぇんだよ!?」

「いいから、黙るんだ。ジャンクォーツ……!」

「なあ、セルゲンのおっさん、オレなんかと違って頭いいんだろ? 色々なことを知っているんだろ? キルヒア様に聞いたら、なにか分かったりしねぇのかよ!?」

「すまない……拙者如きでは、なにも……」




 そこには、十名以上もの魔道機に浸食された遺体が、並べられていた。

 残り少ない精神力を使って、魔法を行使するも、なんの成果もなく、彼らは目覚めることはなかった。


 その中には、先ほどまで一緒に探索していた仲間二人の姿も含まれていた。




 ……。

 …………。

 こうして、精魂尽きたジャンクォーツたちが、なんとかキースと合流したのは、それから半日後であった。

 しかし、彼のすぐそばで、長年仕えていたルーンフォークのメイドが倒れており、生体部分が半分も残っていない魔道機に侵された状態であった。


「……長年、私に仕えてくれてご苦労だったな。お前は、特に善良な民であった。だから、コレをお前の代わりに、共和国に連れて帰ろうと思う」



 そこには、いつもと変わらぬ笑顔を見せるキース・アイデンスと。

 その手には、見たこともない“幾何模様の魔晶石のような箱”を抱えていた。



「どうやら、生き残ったのは私と諸君ら三人だけのようだ。他の全員は、魔神や謎の病に倒れてしまったよ」



「キース……様?」


 セイゲンが思わず、その笑顔に言い知れぬナニカを感じ取って呼びかけるが。

 キースは、いつもの笑顔を返すだけで、何も答えてくれなかった。

 ただ、慈しむような瞳でルーンフォークの亡骸を少し見てやると、大切そうに箱を抱えて、歩き出す。


「我々では、もはやこの魔域は攻略はできまい。どこかに脱出路はあるはずだ。まずは、それを探すことにしよう。それに――」




「コレにはきっと、“奇跡”はある――」




 そして、それから数日後のこと。

 “奈落の魔域シャロウアビス”から、なんとか脱出できた彼らは、ラージャハ帝国の首都にたどり着くことができたのであった…………。





 *護衛編プロローグ――END.


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