箱庭のセモット 〜皇国詩人譚〜

フミンテウス

Chapter-1 ディヴィニティ






......誰だお前。





俺はセモット。セモット・ヴェイル。

お前がどこの世界から来て, なぜここにいるのかは,知らねえ。


興味は少し,あるぜ。

お前も, 大衆から逃げてきたのか?


他にゴマンと優れた奴がいる中,

わざわざ屑みたいな俺に逢うとは。

奇妙な事だな。これもまた,

不条理なる摂理の思惑通りってか。


引き返すなら今の内だぜ。

他の物語群に行けばいい。

天使や龍の有難い説話がお勧めだ。

...この物語に入りたいのか?

お前も変わってるな。



これだけは言って置くぜ。





お前も知っている通り, この世界はクソだ。





誰もが狂気を飼い慣らしている。

藝術も殺しも隣り合って、知らん振りよ。

無条件に天使や僧院を信奉しては貢ぐ阿呆までいやがる。


ああ,力むな。俺だって何処ぞの馬の骨にこんな事言われれば驚くさ。

だが共通規格として"クソ"である点に

しかめ面で賛同はしただろう?


お前の衒学の仮面,

虚飾の実績はどうやって得たんだ?


いいんだ, 教えてくれよ。

俺はもう分かってるのさ。

地獄ばかりの世界から,

綺麗な上澄みを厳選した結果だ。違うか?


そしてお前は,お前自身を破滅させようとする刺激を常に恐れている。

いっそ破滅して,

自棄になっている方が幾分は楽観的よ。

俺もそうだ。毎日泣きそうになる程怖い。

破滅はどんなタイミングで襲ってきやがるかわからない。

そこの老婆かも知れない。

あの日の暴言が起爆するかも知れない。

だから仮初の世界観を構築し,

親しい奴等との幻影に拘るのだ。



惨めな戦いよ。



俺の好きな詩人も言ってたぜ。

カルマは鷲の眼をしている。

お前の失態を引き裂く爪を持っている。

弱い羊達は, 礼儀の羊毛を纏って

鷲から身を守るんだ。


下らねえ。俺は全裸の羊だ。

カルマよ, 襲って来い。



今日が幸福なら、明日は地獄だ。

晴れ舞台から叩き落として,

帰路の直線に還らせる。それが明日だ。

最近の皇国じゃ"映画"ってのが流行っている。知ってるか?

退屈した市民が,

僅かな知恵を振り絞って産んだ茶番だ。

画面上に流れるのは,

無限に繰り返される幸福な日常劇。


気持ち悪いよな。俺は2回見て, 本質を看破したぜ。


同じやり取り。同じ状況。

構成は毎回違うけどな。

広い皇国だ, 題材となる場所や事件は

腐るほどあるだろうに。

スクリーンの向こう側じゃ,

偽りの円環が再現されている。



浸っている間は, 幸せなのさ。市民達は。



だが見終わりゃ, 劇場を出るだろう?

幻影は終わり, また明日が始まるって事よ。

観客達は決まって辛そうな顔をしている。


それでも言い訳して

明日に突き進むのがお前達だろ?

俺は違う。

何としてもこの直線の時間を破壊してやる。

明日も未来も無え。今だ,今。

5秒後の世界が何だと言うんだ。

俺は俺自身を河川と化し, 円環を見つけ出すの...The。(冠詞止まり)


今日は敗北した。

チャンスは鬱屈な明日に譲るとしよう。


俺は"現存在"だ。

"現存在"は他者や時間なぞ意に介さない。



...すまねえ。久々に思索したい気分なんだ。

慣れてくれ。俺はいつもこうだ。


...喉が渇いたな。


学院で, 都市の喧騒で, そしてリビングで,

無意味に言葉を吐いてる。


...はは!金には困って無えよ。

皇国賎民じゃあるまいし。

だが使い道も知らねえ。詩作用の上質な紙とペンは幾らあっても嬉しいけどな。


お前達の中に詩人が混ざっていれば,

其奴だけ理解してくれればいい。

詩人は国家の与える快楽よりも,

冷厳な作品世界に安住するのよ。

詩の言語, 詩の世界, その追求が全てなんだよ。他に何も要らねえ。


俺を生かさんとする体制, 金, 娯楽,

そんな物は低い次元の話だ。


祖母ヘリオディラはよく怒鳴ったぜ。

得意のクスクスと煮込んだ牛の肉を出して,

"詩なんかより飯を喰いな, セモット!!"

とな。


飯なんか豚でも食える。

詩はどうだ。豚に詩が産めるのか?


詩を紡ぐのは, 俺が人間である証だ。


だが,奴は人間としての権能たる詩すら奪い,

豚の世界に俺を引き摺り込むんだ。


憎むべき相手だろ?蛮族の野盗なんかより。





俺は肉が大っ嫌いなんだよ, 婆ちゃん!!






ああ, 勿論詩を褒められりゃ,

俺も得意の作り笑いを浮かべるさ。

賞賛されようにも,

奴等の言葉は詩の中核を何も突いていない。

お前達の物語に俺の詩が合流した,

という錯覚で騙るのだ。



違うんだよ。

お前達の物語なんぞただのまやかしだ。



だから笑う。

俺は最初から

奴等なぞ視野に入っていないのだから。


まあ, 世界を産み出す衝動に駆られる以上は,

紙とペンがありゃ, 足りる。

それが俺という詩人さ。




境遇について少し話してみるか。

人間に非ざる種族共が統治する皇国に,

俺はいた。

祖母ヘリオディラの財力とコネで,

安全な高級住宅街にいたのさ。

ある日,俺を残して消えちまう前に,

財産の片割れとして,家ごとくれたんだ。


俺は祖母を誰よりも憎んでいる。

皇国の技術に食いつき,

肉体改造を自らに施して, 消えたあの乳母を。

万が一にも次遭遇したら

脳天にナイフを喰らわせてやる。

まあ, 奴は死なないが。

返り討ちにされるだろう。



皇国の階級構造は明確だ。

液族の貴種を首位に, 次いで通常の液族,

混血の蛮族, 人間種が位置付けられる。

天族は階級の外部で気儘にやっているな。

液族と人間の混血みたいな,

微妙な連中は強引に蛮族扱いだ。

人間種は良くて中産階級,

普通は賎民止まりだった。

最近じゃあ整備も進んで,

人間種の地位が見直されたようだが...。


俺は例外的に恩恵を味わっていた。

篤志家気取りの液族のおかげで,

学院の奨学金を賜った。

二流の名門学院だ。

金持ちのボンボンや神官希望者の巣窟さ。

「正統派」の神官様よ。

その液族は祖母と繋がりがあった。

俺は理解していたよ。


俺を生温い学院という箱庭に閉じ込め,

苦しめようとする奴の意図がな。



液族の男が俺に言った言葉を覚えている。


"まだ大乱の記憶は新しい。

この国の液族は最近特に敏感なのだ。

セモット君。君は繊細で弱い人間種だが,

美しい魂を持っている。どうか学院で,

君のこれからあるべき姿を考えて欲しい..."


俺の手を握り, 貴族の男はそう言った。


...浅い言葉だ。

俺の魂に恩を売ったつもりか?

知っているぜ。お前の眼が何を捉えていたか。

俺の美形と, 若草色の髪,

そして細身の手足だけだ。


見抜いてるんだよ,

司政院の官服に隠れたお前の獣慾を!!



お前は俺を未来の夜伽に選んだ。

許せねえ...!



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



今日も, 惰眠を貪っていた。

友も無く, 愛する者も無い,

快適で冷たい部屋。


この部屋で寝ようが,

学院のベンチで寝ようが, 変わらない。


学院で談笑する美男美女。

車椅子に乗った神官希望の少年と取り巻き。

天族の絵画を持ち歩いた淑女。


そいつらの世界観に,

俺は最初から含まれていなかった。

皮肉だよな。同じ学徒なのに,

乞食同然の扱いなんだ。

学院の門の外で寝てる乞食とな。


世界も,他者も,俺に興味など,無い。

あったとしても,最後には利用され,

捨てられるだけだ。


部屋の静けさだけは,

俺の味方をしてくれるが。



...早く, 夢想界に行きたいな...。



着信音。学院専用端末が鳴った。

皇国の専売特許品だ。

メッセージの主は,

1週間前に入会した

自称文筆家集団

『サロン・ザルティス』の副長。

内容の予想はついている。



「詩による現実の爆殺」を掲げてみたが,

実際に何かを爆殺するには

火薬が必要だったとさ。

不幸にも, 導火線たる俺を

満足させる火種は見当たらなかった。


(ごめんなさい,セモット君。此方の独断で,『サロン・ザルティス』からの強制除名を実行致しました。他の会員から, もう貴方のペースについて行けないと不平を多数頂いた為です。君は自らを詩人と仰りましたが,君の詩からは人間性も教養も感じられません。ただ暴力と野蛮の盲信だけが伝わります。返信はしなくて結構です。勉強頑張って下さい。では。)



チッ。俺は舌打ちした。

テメェの方から近寄って来たんだろうが!!

俺は警告した。彼奴等に。

詩で悪夢を見せてやる,とな。

そして有言実行しただけの事よ。



やはり交流というのは,

低次の刺激ばかり受けてしまうな。

孤高を通り越して空間にでもなるか。


学院には無数のコミュニティが存在した。

機密研究。能力研究。

液族史研究。皇国外部の情報収集機関。

そして, 藝術だ何だと称しながら,

血迷ったのか, 人体改造やホムンクルス創造に埋没する連中。

おまけに学院で最上位の頭脳を誇った

連中ばかりが集っていた。


...奴等は何がしたいんだ!?


憤悶を携え, 結局俺は蛇(ザルティス)の客間に入ったのさ。


今思えば,

特に記憶にも残らない連中ばかりだったが。


俺の処女作は「捕食姫頌歌」だった。

ん?あの群雄の捕食姫だよ。

皇国が散々報道しているだろ。

面識?ある訳無え。

対面して生還する奴は余程の実力者だ。

皇国を侵略するだとか,

人間種を殲滅するとか騒がれているが,

雑魚を平らげて新帝国を産もうとする気概は気に入ったぜ。クソ強い捕食の姫様がよ。


それからサロンには

3,40程度の作品を送りつけてやった。


除名以前に載せて貰った詩は何だったかな。

ああ, あれは傑作だった。

下水道に捨てられた

犬の気持ちを代弁してやった詩だ。


《汚くて 冷たい水が 眼を潰した

吠える僕の喉を 新鮮な糞が潰した

誰か 温かい小屋に 僕を 戻して》


...また"糞"を入れちまった。次の反省点だな。



端末を乱暴に放り投げ,

ペンを回しながらリビングの窓を開ける。

気に食わねえ事があれば,

詩を練り上げるのみだ。


題材は何が良いかな。

死。エロス。ダダ。神罰。硫黄の雨。

荒くれた自然の暴力が,

窓から見える市民共を蹂躙してくれたら。


俺は嬉々として

その光景を文字にするだろう。

例え天誅の礫が,

詩嚢ばかり詰まった俺の頭蓋を砕こうとも。




相も変わらず,

俺とは無関係に稼働する世界があった。




"今日も生きるか。原罪紛いの世界を"

最近流行りのタマリンド汁を飲み干し,

俺は学院に向かう。

食う事と飲む事しか頭に無え

豚に仲間入りなどしたくないが。


今日の講義は何だ。

有り難い液族古典の読解ときた。

『植物島戦役』か。

英雄と称された略奪者の活劇。名作だ。

『新エノク解題』や『王子の七歴程』の方が

俺は好きだがな。


埃臭え大講堂で髭を生やし,

丸々と太った先生様が語られる。

先の大乱も,蚊帳の外の出来事として

愉しみながら話す野郎さ。



講義が終わりゃ,

意中の学生でも連れて繁華街行きか。

富裕層は幸せ者だな。

陳腐な発想と金で肉体を回せるのだから。

国の外じゃあ未開拓の蛮族が暴れ回っているのに, 悠長な事よ。




そして俺は,

笑顔で談笑する教授も学生も混血種も横目に,

いつも通り歩き去るのだ。

奴等も俺なぞ気にしない。永遠に。



認識すらしない他者を

お前達は思慮に入れるのか?

そこにお前達の根底を覆す魂が

宿っていたとしても?



俺は

実力が無えから

強者達の輪にも入れない。

病弱でも無えから

偽善者の取り巻きも生じない。



俺は何者だって?



俺はセモット。セモット・ヴェイル。

お前達が知る中で最も暴力的な詩人だ。


俺の詩は人を殺せる。

覚悟しておけ,皇国の連中よ。



今日の詩が出来たぜ。



《ある人形の唄》

物質は

僕に恋をしてるんだと

考えたら,

いきなり世界が楽しくなった。


食物は

僕に生の喜びを与える。

文字や詩は

僕に新たな力を与える。

枕に羽毛は

僕に安らぎを与える。


これも全て、

彼らが僕に恋しているからだ。


ああ、それなのに、


人の恋だけは得られない。


僕は人型の無機質だから。

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