ケモっとぐるめ!

黒宮ゆき

第1話「生姜焼き」

「ありがとうございました~」

 

 通い慣れたスーパーから出て、いつもの帰り道をいつもと同じ時間に家に向かって歩く。大学生になって代わり映えの無い生活をしていると、唐突に虚無感に襲われることがある。


 その時いつも思うのが


「はぁ、癒しが欲しい…」

 

 一人暮らしを始めて1年になる私、綾瀬七海は普通の女子大生だが無類の動物好きでこういう日は大抵モフりたい欲が爆発寸前まで来ている。


「何か動物飼いたいなぁ」

 

 そしたら毎日一緒の布団でモフモフに顔をうずめながら寝れるのに…そんな事を考えながら自宅アパートの階段を上がる。

 「でも家ペット禁止だしなぁ」

 

 その事が原因で何度引っ越しを考え、不動産のサイトを漁ったことか! 


 その結果…


「どこも高いんだよなぁ」

 

 学生にとって一番痛いところを突かれて、ドアを開けたらかわいい動物にお出迎えしてもらう夢を諦めた訳なんだけど。

 でもどういう訳か、今現在…玄関の鍵を開けると


「七海~! 遅かったな、お帰りなのじゃ!」

 

 奥から小走りで笑顔の少女が出てくる。そしてその少女の頭とお尻には、モフモフの尻尾と耳が生えている。その姿に思わず力が抜けその場にうずくまる。


「はぁ、癒し…」

「ど、どうした? お腹でも痛いのか?」

 

 心配してくれたのか、頭を撫でてくれる少女にたまらず抱きつく。

「空狐~ バイト疲れたよ~!」

「ひゃん!? こ、これいきなり耳を触られると…」

 

 びくっと一瞬身体を硬直させるも、本気で逃げる素振りは無い。甘んじて受け入れてくれている

 …やばい、嬉しい!

 

 小麦色の耳にふわふわの尻尾、耳と同じ色のさらさらで長い髪。見た目は10歳前半と言ったところだろうか。


 空狐と言うのは私が付けた名前で、耳がキツネだったし目の色が青い空の色だった事と…


「それより、お腹が減ってもうだめなのじゃ~」

 

 よく食べるから。よく…なんて聞いたら怒るかな。

 

 ぐぅ~と私の腕の中でお腹を鳴らす空狐につられて私も食欲が出てくる。


「待ってて、すぐ作るから」

「おお! 今日はなんじゃ?」

「今日は豚の生姜焼き」

「豚…肉か! 流石七海じゃ、分かっておる!」

「生姜焼き食べたことあるの?」

「む? ないが七海が作るなら美味いじゃろうからな!」

 

 そう曇りのない純粋な目で見られては、美味しく仕上げねばなるまい! とはいっても市販のタレで焼くだけなのだが…食品メーカー様様である。

 

 ちなみに空狐は、全国に無数に存在する稲荷神社の使いのキツネなのだそうだがそれが妙に古い言い回しの原因なのかな、私より全然年上らしいし。

 

 そんなキツネがなぜ今私の家にいるかはまた話す日が来るだろう。

 

 そんな事より今は生姜焼きだ。生姜焼きは案外目を離すとすぐに焦げる、焼き始めたら時間との勝負だ。


 それにこれ以上待たせると横で目を輝かせながら見ている空狐のよだれのダムが崩壊する。


「じゃあ、ちゃちゃっとやりますか!」


 まず玉ねぎをスライスして。よし、下ごしらえ完了!キャベツの千切りは市販であるし、肉はもう切れてるからね。

 

フライパンに油を敷き、温まったら肉を入れる。


 ジュ~と心地いい音が響く。


 普通はロースを使うのが一般的だけど、私はバラ肉が好きだ。食べやすいし、小さい頃からの思い出の味である。


 「おお、肉じゃ! もう待ちきれん!」

 「大丈夫、ここからはすぐだから」

 

 ある程度火が通ったら、玉ねぎを入れ肉の赤みが消えるまで炒める。最後にタレをかけて全体に絡めたら、キャベツの千切りと一緒にお皿に盛りつけて完成!


「出来たよ~、あれ?」

 

 横で見てたはずの空狐がいない、ドアを開けてみると二人分の白米と食器を出して正座で待っている空狐の姿があった。

 

 何でもない風を装って入るけど、尻尾は忙しなく動きモジモジしながらこちらをちらちら見てくる…何このかわいい生き物。


 「準備してくれたんだ、ありがとう。よくご飯が合うって分かったね。」

「七海が今朝出かける時にたいまぁよやく? をして行ったからな」

 

 えっへん!と胸を張る空狐に飛び掛かりたい衝動を抑えながら、生姜焼きを食卓に運ぶ。


「これが生姜焼きかの? 本当にいいにおいじゃな」

「でしょ~、子供から大人まで大人気のメニューだよ」

 

 答えながら、手早くインスタントの味噌汁を作っていく。

 生姜焼きは作るのも早いけど、味が落ちるのも早いから冷めないうちに食べてもらわないと。


「はい、手抜き生姜焼き定食の出来上がり! おまたせ、冷めないうちに食べて」

「うむ! いただきますなのじゃ!」

 

 どんなに急いでいても、ちいさな手をちゃんと合わせるところも私的ポイントが高い!

 

 そんな事を思われてることなど知らない空狐は、早速生姜焼きに箸をのばす。


「ん~! これは美味い、美味なのじゃ!」

 

 満面の笑みで食べ進める姿に、思わず顔がにやける。子供の食べる姿を見ている親ってこういう気持ちなのだろうか。


「七海? 食べぬのか?」

「ああいや、食べるよ。」

 

 いけない、つい見て満足するところだった。


「じゃあ私も、いただきます」

 

 まずはやっぱりメインから。


 …肉汁と溶け出た油が口に広がり、生姜の風味が旨味を引き立てる。

キャベツと一緒に食べると油っぽさが緩和されて一段と風味をよく味わえて、これがまたご飯とよく合う!


味噌汁を流し込むと口の中に残った油が洗い流されて、また一から肉の旨味を味わえる、無限連鎖だ。この定食の組み合わせを考えた人は天才かもしれない。


「七海、お代わりじゃ!」

「ああ、うん...ってはや!」

 

 差し出されたお茶碗を見ると、綺麗に空で米が一粒も残されていない。どんだけお腹すいてたんだよ。半ば呆れつつ空狐を見ると、嬉し方に耳をピコピコさせながら待っている。


その姿に、何とも言えない感情が沸き上がってくる。


「…まさかこんな日が来るなんてな~」

「ん? 何か言ったかの?」

「何でもない。お代わりはいいけど口に米粒ついてるよ」

「なんと! わらわとしたことが…」

「あはは! お代わり、持ってくるね」

「大盛りでよろしくなのじゃ!」

「はいはい」 

 

 …生姜焼き一つでこんなに喜んでもらえるなら、安いもんだよね。


「明日のご飯、何にしようかな~」

 

 これからの大学生活、楽しくなりそうです!

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