音にまつわる霊体験
18 霊感のうち、音が聴こえるのは厄介
深夜の東京。
俺――
東京に長いこと住んでいた俺は地元に戻った当初、夜の静寂が気味悪かった。地元だと深夜0時を過ぎると、自分以外に人はいなくなってしまったのではと思えるほど街は沈黙に包まれる。
ところが東京は違う。狭い面積に人がひしめき合って生活し、新宿だと一日中消えることのない人工の光が明るく輝き、比例するように人のエネルギーであふれている。地方から来た人たちは、常に聞こえる雑踏が耳障りだというが俺にはなつかしい音だ。
「東京はいろんな音があるから
となりを歩く友人・コオロギ――
これはもしかして……?
ふしぎな体験談を聞けるかもしれない!
俺は密かに期待するが、コオロギには悟られないようにしれっと問う。
「『誤魔化す』ってなにを?
なにか悪いことでもしたのか?」
「ふふっ、違った。
『誤魔化す』じゃなくて『気づきにくい』が適切かな」
「なんだあ? やっぱ悪さしたんだろう?」
「違うって!」
「じゃあ、なにしたんだよ。
悪いことじゃないなら話せるだろう?」
「いいぞ!」
ぷぷっ、あいかわらず乗せやすい。
コオロギは本当にちょろいな。
腕を前に組んで、てくてくと歩きながらコオロギが語りだす。俺はどんな話が聞けるのだろうと、わくわくしながら歩調を合わせた。
「東京に来るまで田舎にいたから人も人工物もあまり多くなかった。
だから東京に来たばかりのころは音に悩まされたんだ――」
✿
東京は日本一人口の多い都市だからどこへ行っても雑踏がまとわりつく。
人の会話、生活音、乗り物などの機械音と、どれも数が多いうえに距離が近いから大きく聞こえる。とくに人の声が気になった。
外へ行くと、耳の近くで大勢の人が大声で話しているように会話が聞こえてきて、常にうるさい。音量が大きすぎて、まるでカラオケボックスやゲームセンターにいるときのようだ。
こんなに騒がしいのに、ほかの人たちが気になっていないことがふしぎだった。でもある日、騒音の正体はヒトの声じゃないと気づいた。
電車に乗り、目的の駅に着いたらホームへ降りた。ホームから改札へ向かっていると、ざわざわと騒々しい。寝不足だったから
人の顔を見て気づいた。
みな口を結んでいて言葉を発していない――と。
それで気づいた。電車を利用する人は移動が目的だから話すことは少なく、たいていはスマートフォンを操作していて静かだ。それに大勢の人が大きな声でいっせいに話すことなんてない。
変だと気づいた瞬間、人の声は通常のボリュームとなり、せわしく行き交う靴音のほうが大きく聴こえるようになった。あんなにうるさかった雑踏も消えている。
この変化でこれまでうるさいと思っていた音はヒトが発したものではなく、姿のないモノが発していた音を拾っていたと認識した。
✿ ✿
コオロギは世間話でもするように、いつもの口調で話している。俺は気になることがあって、話の途中だったけど質問した。
「実際の音なのか怪奇現象なのか区別ができないなんて、生活に支障はないのか?」
「ん――……。
はじめは慣れない東京生活だから精神的に不安定で、幻聴の
そう言ってからコオロギはこんな体験を話してくれた。
✿ ✿ ✿
仕事帰りに友人と食事をした。
友人が選んだところは台湾料理の店。女性に人気があると言っていたが、店に到着すると入り口に列ができてて人気ぶりがわかった。予約していたから問題なかったけど、これから来るお客は待たされることになるだろう。
入店したら人気がある理由がすぐにわかった。縦長な店内はシンプルな造りだ。壁は薄いピンクともベージュともいえる色をしており、飾り用の丸窓には赤レンガの色にも近い茶色の木枠が十字につけられている。
通路の左右にある小上がりは縦に長く、畳が敷かれて掘りごたつになっている。仕切りに背の低い
明るさを落として暖かみのある照明を使っている店内は、余計な飾りがなく、和室にいるようで和む。これは人気店となるはずだ。案内された席に着くと料理を注文し、しばらくすると運ばれてきた料理とともにおしゃべりが始まった。
職場のことや友人が海外旅行したときの話など話題は尽きない。とても楽しい時間を過ごしているのだが、気が散ることがあって集中できなかった。
気を散らす原因は音だ。
店内がやたらうるさい。まるで雑踏に立っているようにざわついてて、向かいで話す友人の会話が聞き取りにくくて集中できない。騒がしいのはどこの席だと、通路を挟んだ席にいた客を横目で見てみた。
食事を楽しんでる二人組は話しているけど内容までは聞きとれない音量だから違う。次に見た四人組の席は、口は動いてるから話しているようだけど、内容までは聞こえないボリュームだ。続けてほかの席も見たけど大声で話している人はいないようだ。
大声で話している客がいないことに違和感をもち、店内全体を意識して耳をそばだててみる。すると、さっきまでの騒音は消えていて、ふつうの会話レベルになっていた。音の怪異は経験してたからあまり驚きはしなかったけど、また余計な音まで拾っていたのかとうんざりした。
音の怪異は正体に気づくと消えるタイプだ。
気を取り直して食事と会話を楽しんでいると、今度は友人の声に雑音が混ざり始めた。
友人が話していると友人の背後あたりからざわざわと音が聴こえる。音は
友人の背後から発生している音は、友人が話す声よりも少しずつ大きくなっていく。聞き取りにくくなる友人の言葉を聴きとろうと意識を向けると、比例するようにソイツの音が大きくなる。
以前の
まずは現状を把握するため情報を収集する。
店内全体に意識を向けてみると、最初に聴こえていたあの雑踏は聞こえず、音がしているのは友人の背後からのみ。全体からではなく友人一人から聴こえてくる音のようだ。となると、周りの人は関係ないので友人が起因するナニカだと直観した。
正体がつかめれば対象に合わせてやり方を変えればいい。最初のモノは意識を向けたら音が消えた。今度はヤツは意識を向けると音がする。これは逆パターンのルールだと気づく。
そこで友人に意識を集中させるのではなく、周りに意識を散らして全体を聞き取るようにした。すると効果てきめんで、友人の後ろにあった騒音は小さくなった。
ルールがわかると音の
✿ ✿ ✿ ✿
「経験が少ないと
でも何度か経験すると、
自分が置かれている状態さえわかれば、あとは簡単だ。手あたり次第さぐっていき、
コオロギは異能の持ち主で俗にいう霊感がある人だ。
俺はこれまでクールに対応しているコオロギの体験を聞いていたから、
知らないうちに怪異に巻きこまれ、生活を侵食されるなんて神経が休まらないだろう。コオロギはこのままで大丈夫なのか?
新宿の夜の街路を並んで歩くコオロギは頑丈そうに見えない。中肉中背で肌は白く、一人でいるときはどこか儚げさもあるエキゾチック美人で、この世に存在していないような雰囲気も時おり見せる。
「無意識にナニカを聴いているとは思わなかったから気づいたときは驚いた。
最初はふり回されたけど、騒音タイプの対処法は身につけたから、もう大丈夫」
ひょうひょうと語るコオロギは俺といるときはつらいようすは見せない。でも苦労をしているのではと、今さら心配になる。
コオロギは歩きながら会話を続ける。
「それにしてもさあ、『音』のヤツは厄介だよ。
でも無意識のうちに音を感知するパターンはなかなか気づけないからね」
かなりいやな目に遭っている体験を聞き、難儀しているコオロギにどう声をかけようかと迷う。しかし俺はコオロギを見たらふき出しそうになってしまった。
弱々しい顔をしていたらどうしようと気をもんでいたのに、ハムスターのように頬をぷくっと膨らませて口を結び、明らかに怒って機嫌の悪い顔をしていたからだ。漫画のように露骨すぎてシリアスなシーンはぶち壊しだよ。
酔うといつも以上に感情が正直にでるコオロギ。
俺は笑いをこらえながら、ホラーにならないとほっこりした。
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