作家はビジネスパーソン

01 紫桃は今日も、執筆で苦悶する


 カチッカチッカチッと軽快にキーボードを打つ音がとまって室内が静かになった。


 窓に背を向けていて気づかなかったが、レースカーテンの向こうから光が入ってきていて、室内はかなり明るくなっている。


 開けた窓から向かいの住人が庭木に水をやっている音が聞こえ、野鳥のさえずりも部屋に流れこんでくる。ふり向けばカーテン越しに空色が見えていて、今日もいい天気になりそうだ。


 早朝は人の動きが少なく、生活音があまり聞こえず穏やかな時間が流れる。

 そんなすがすがしい環境で、俺――紫桃しとう――はホラー小説を書いている。


 俺の一日は仕事が3分の1を占める。残り3分の2がプライベートな時間となるが、仕事の残業があったり、付き合いで飲みに行ったりして削られる。


 家に帰れば一人暮らしなので家事もやらないといけない。睡眠時間は必須だから執筆に使える時間はとても少なく、そこをやりくりしてなんとか時間をつくっている。


 執筆スタイルはだいたい同じだ。

 夜のうちに構成を考えて下書きしてまとめ、就寝して翌朝に本格的な執筆を始める。


 執筆タイムを朝にしたのは、人が寝静まり雑音が少なくて集中できるからで、夜明けとともに起床している。


 寝起きはつらいが、苦めのブラックコーヒーをちびちびと飲み、寝ぼけた頭を徐々に覚醒させる。ついでにストレッチ体操なんかもして体をほぐす。思考が明瞭になったら小説の執筆に入る。


 そうして俺はさっきまでノートパソコンに向かって文章を打ちこんでいた。

 最後のシーンまで書き終えて、仮のタイトル『いたずらを仕掛けたのはダレ?』をつけて一本の小説になったが……



「―――――ッ!!」



 仕上がった小説に目を通し、またしても俺は納得できず悶々もんもんとし始める。


 ホラーなのに……

  ホラーじゃない……


 ホラーなのに……

  ホラーじゃないッ!


 以前、友人・コオロギ――神路祇こうろぎ――から商店街を歩いているときに、ふしぎな体験をしたという話を聞いた。

 その体験談をもとにホラー小説を書き上げたのだが、聞いた話を忠実に描写しようとしていつも悩む。


 コオロギが体験したことはまぎれもなくホラーな出来事だ。もし俺が同じ目に遭ったら悲鳴を上げて逃げ出し、その場所へは二度と訪れないだろう。


 それほどのことなのに、確かにホラーなのに……

 体験談を忠実に書くとホラーじゃなくなる。


 ジャンルを「ホラー」設定することに躊躇ちゅうちょするホラーって……。


 おいぃぃ―――、コオロギいぃぃ……

 もっとさ、こうさ……ホラーになるように……



 こうして俺のホラー小説は迷走するんだ。


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