届け、遥か彼方のそのまた先へ
あさぎ
プロローグ
クソ野郎とはコイツの事だ
「俺の名前は——小説でその書き出しはやめた方がいい。無難どころか悪手、最低最悪だ」
幾度も記憶を遡った。
しかしその全てが、悠から最初に聞いた言葉は『これだ』と断ずる。
座するは三階の空き教室の、隅。
机を窓側に向け、そこから流れる風と、イヤホンから流れるアップテンポな曲をお供にパソコンをカタカタと叩いていた。
帰宅部志望だった俺はこの高校に何の部活があるかすら調べもせず、この静かな場所で新入生歓迎会が終わるまで時間を潰していた。
要するに〝気持ちよくサボっていた〟わけだ。
「何の用ですか、センパイ」
「きみ怖いねぇ、そんな愛想悪いと友達少ないでしょ? あ、だから新歓なのにこんなところにいるのか。いやぁ、悪いこと言っちゃったかな?」
悠は耳から抜いたイヤホンを机に置き、片手を立てながらごめん、と一言。
しかしその碧眼は笑っていた。
——だから先輩相手に、眉間に皺を寄せて睨みつけるのも致し方ないと思う。
「でもその顔見る限り事実っぽいし、僕はあくまで事実を述べたまでだ。嫌わないでくれよ?」
ニヤッと嫌な笑みを浮かべて悠は俺からパソコンを奪い取り、顎に手を当てる。
数秒。
文字に起こせば一瞬だけど、今の状況にいる俺には苦痛以外の何物でもなかったが——
「——きみ、小説書くのはたぶん初めてだよね?」
負なる感情を取り去る一言に俺の胸はざわついた。
本当に数秒だ。
たったそれだけで何故分かった、と。
いや、そもそも書くのが初めてだと分かること自体が意味不明だ。
「でもこなれた文も交じってるあたり、かなり本読んでるでしょ。しかも書くルールをしっかりと調べてから文字に起こしてるよね? すごくきっちりしてるねぇ。こんなの最初はテキトウでいいのに」
へらへらとしているようで、その実、異常に優れた観察眼を披露する悠に感心する。
どうやっているのだろうか——
やはり経験があると他人のことも分かるのだろうか——
この人は他に何ができるのだろう——
——幾多の興味と疑問が頭をよぎったがそれよりも。
「気持ち悪りぃ……」
と言ってやらなければ気が済まなかった。
「誰とも知らない他人を勝手に推し量るのが気持ち悪い。相手を〝きみ〟って呼ぶのが気持ち悪い。なんかニヤニヤしてるのが気持——あ、いじるな! 文字消すなよマジで! てめぇ逃げるな‼」
パソコンを奪い教室から勢いよく駆け出す悠。
俺が廊下に出ると、すぐ右の階段を全力で下の階に向かって逃走していた。
新歓で人が大勢いる中、その隙間を縫って器用に進む足に追随する。
やっとの思いで追いついたとき、俺はとある教室の前にいた。
久々の疾走で膝に手をつき、息も絶え絶えの俺に対して——
「せっかくの縁だ、うちの部に来ないか? 色々と教えてやるよ」
言いながら返されるパソコン。
そこには異様に大きいフォントサイズで——
『東条陽介君! ようこそ創作部へ!』
初対面で躊躇なく小説を語るその自信ありげなところが癇に障る男だった。
……しかし先人から学ぶのも大事だし? 成長につながるっていうか?
曖昧な興味で勧誘に乗ってしまい、そのまま部の門を叩いていた。
そこに唯一の僥倖があるとするならば——俺の世界に彩りをくれたことだろう。
快晴が空を覆い、賑わいが立ち込め、桜の花びらが地面を汚す〝今日この日〟。
——俺はこの偉大な男とのクソみたいな出逢いに感謝する。
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