第96話 《出発前に……》


 地図を持って、シュテラの家へと向かう。ブランコに乗っていたアリスに「あわてんぼうの魔女さんだ」と言われたが、今はそれどころではない。


 家の中へ入ると、シュテラとシャルがなにやら話をしていた。


 しかし、イブキが地図を片手に現れると、シュテラはTシャツに下着姿のまま、冗談交じりに歓迎してくれた。


「ようやく戻ったかぁ、《災禍の魔女》さん」


「それどころじゃないのよ!」


 イブキは、散らかっていたテーブルの上のものをどけて、そこへ地図を広げた。二人が歩み寄り、怪訝そうな目で眺めてくるとイブキは間髪入れずに、


「これはテトの旅路を記したものなの。この、ケット・シー族の島から始まって、それから、こう……」


 指で、町や国を結ぶ線をなぞっていく。そして、南の大陸付近の海上に記された点の上で指を止めた。


「テトは、傭兵として仕事を受けながら旅をしているの。だけど、この場所での出来事だけ、覚えていないみたいなの」


「なにもない場所に立ち寄っただけかもよ。んで、なにもなかったから記憶に残ってないだけじゃ?」


 シュテラは疑うような口調で反応を求めてくるが、無理はない。イブキは首を横にふる。


「言ったでしょ。テトは傭兵として旅をしている。なにもない場所に立ち寄ったりはしない」


(……らしいわ)


 と胸中で付け加える。


「――そこに、ヴァーレンジ王国があるんじゃないかって?」


 とシュテラ。シュテラは赤いメガネ越しに、イブキの指先を見つめている。


「うん。テトが訪れたのは、ここ数ヶ月の間だから、1年前に《災禍の魔女》が……ううん、わたしが起こした災いが関係しているのかはわからないけど……」


「ヴァーレンジ王国は滅んだのよ? その、テトって子は、なんでそんなところに?」


「それも覚えてないみたい。でも、さっきも言ったけどなにもない場所に立ち寄るわけがないのよ」


 テトは、傭兵として旅を続けている間、旅の出費が大きく金欠状態だったと聞いていた。だから、仕事を求めて旅をしていたのだそうだ。島に戻ればいいのにと思ったが、そういうわけにはいかないらしい。


 イブキが話し終えると、シュテラはテーブルに手をついて思案し始めた。

 代わりに、シャルが透き通った声で言った。


「そこに王国があるなんて、聞いたことがないです。……ですが、私はイブキさんに着いていきますよ。《災禍の魔女》の過去もそうですが、半年後の予言の真偽を確かめることもできるかもしれませんし」


 イブキは、返事のかわりに笑みを浮かべる。シュテラはぶつぶつと言葉を繰り返していた。


「記憶に残らない国……もしかして……」


 と、イブキとシャルの視線を感じたのか、シュテラははっと顔を上げた。


「……ま、まあ、行ってみないことにはわからないわよね。魔女の町ここから、この場所に行くには、まずはこう……」


 シュテラが、どこからか取り出したペンで線を引いていく。イブキは、テトに怒られるかも! と慌てたが、シュテラは何食わぬ顔で、


「だいじょーぶ。どうせ辿る道なんだから!」


 と他人事状態だ。

 

 シュテラが引いた線を辿っていく。

 まずは魔女の町から南へ下り、別の港町へと向かう。そこから転移ポータルを使って南の大陸の港へ向かい、サーバという町へ。さらにサンドゲートという場所を経由して、ヴァーレンジ王国があるかもしれない場所へ徒歩で向かうというものだ。


 サーバの町から、サンドゲートへ向かうというのは、以前のテトの旅路と同じものだ。しかし、シュテラはその線の下に、赤いペンで線を引き直していた。


「多分、そのテトって子が行った時は、サーバの町からサンドゲートへは転移ポータルで行けたはず。けれど最近、南の大陸は荒れているみたいでね……大陸同士を結ぶ転移ポータル以外、全て閉じられちゃってるのよ」


「あ、荒れてる?」


 イブキは首を傾げる。全然、ピンとこなかった。

 それに答えたのはシャルだった。


「南の大陸の中で、領土を求めた争いが起きているみたいなんです。その領土の中に、サーバの町が含まれてるんです。……でも、転移ポータルが使えないってことは、もしかして、ここを歩くんですか……?」


 サーバの町からサンドゲートの間は、茶色く塗りつぶされていた。というよりも、大陸の大半が茶色く塗りつぶされている。サンドゲートより先は、他の大陸と同じく緑色だ。シャルが言っているのは、この茶色の部分のことだろう。

 

 シュテラはシャルの問いに頷いて見せた。


「そうよ、美人さん。サーバの町からサンドゲートまでは、ここを通るしかない。迂回することもできないしねぇ」


 地図を見てみるが、そんなに距離はなさそうだ。イブキは「ヨユーね」と鼻を鳴らしたが、シャルは苦笑していた。なぜシャルがそんな反応をするのか、わからない。港町パーンから、この魔女の町へ来た時のほうが、よっぽど距離があったはずだ。


 地図をよく眺めてみる。茶色の部分に、文字が書いてある。テトの字ではない。地図にもともと記されていたものだ。イブキは書いてある文字を、脳内で読み上げる。そして、「げっ」と声を上げた。


「さ、砂漠!?」


 イブキの声に、外のアリスが驚いた声を上げたのだった……。

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