第90話 《魔女の町へ》



 途中、崩れた桟橋を見つけると、イブキの魔術でなんとか修復し先を急いだ。桟橋の下では激流が渦巻いている。とても危険な川だ。しかし、怖いだの言っていられる場合ではなかった。


 草木が足に絡みつく。枝がちくちくと肌を刺す。

 どうにか森を抜けると、後は山を下るだけだった。さっきまでとは違い、山を下る程に霧はだんだんと消えていく。


 山を下り切ると、草原にでた。その草原のど真ん中に、木の塀に囲まれた村のようなものが見えた。あれが、魔女の町だろうか。看板も無く、木の塀で中の様子も見れない。


 テトはシャルを抱えて歩き続けていたため、ぜえぜえと激しく呼吸を繰り返していた。額には大粒の汗が浮かぶ。


 木の門の前では、ローブを被った女性二人が、門番をしていた。まずイブキが歩み寄ると、その女性二人は手に持った棒を交差させて進路を塞いだ。


「ここから先は魔女の町です。宿はありません。用がなければお引取りください」


「ち、ちょっと待って!」


 イブキが焦りながらローブのフードを脱ぐと、肩まで伸ばした紫髪が姿を現した。イブキが紫の瞳を二人の女性へ向ける。すると、自己紹介をする前に、門番は交差させていた棒を解いた。


「さ、《災禍の魔女》様でしたか。まさか、こんなに小さいお方だとは……。失礼しました」


 イブキは「おー」と気の抜けた声を出した。魔女の町なら、《災禍の魔女》を知っているとは思っていたが、こんな反応をされるとは思っていなかったのだ。


 イブキが一歩進む。そして門兵へ告げた。


「わたしの友達が、怪我をしているの。早く治療したいんだけど……」


「あの制服……氷花騎士団ですか。この町へなんの用ですか?」


 問われても、シャルは顔をうつむいたまま答えない。代わりにイブキが答えた。


「わ、わたしの護衛をしてくれたの。大丈夫、なにかしに来たわけじゃないから」


「ふむ……《災禍の魔女》様のお友達というのならばいいでしょう。しかし、この少女は別です」


 とテトを指差す。門兵は続ける。


「我らの町には、人間以外の種族は立ち入りを禁止しています。この町には入れません。それを拒むというのであれば、いくら《災禍の魔女》様でもお通しできません」


 他種族は入れない――。

 聞いていた通りだが、イブキは心配そうにテトを見た。テトは八重歯を覗かせて、にっと笑った。


「大丈夫。あたしはここで待ってるから。ここで、さっきの奴らが来ないか見張っておくわよ」


「テト……ごめんね、すぐ戻るから」


「ヘーキよ。でも、シャルさんどうしよ……」


 不安げに視線を向けるテト。シャルは傷ついた右の顔を抑えながら、テトの傍を離れた。よろいたが、すぐにしっかりとした足取りを取り戻す。


「後は、自分で歩きますから。テトさん、ありがとうございます……」


「う、ううん。全然、問題ないけど……」


 明らかにシャルの様子が変だ。いつものシャルとは違う。シャルが言っていた、『罪』とやらが関係しているのだろうか。


 と、門が開き始めた。木の門が「ぎい」と軋む。イブキは「あっ」と声を上げ、門兵へと訪ねた。


「ねえ、この町にお医者さんはいるの?」


「医者はいません。ですが、あの方ならその傷も治せるかもしれません」


「本当に!?」


 イブキは目を輝かせ、門兵へ向けて身を乗り出した。門兵はぎょっと身を引いた後で、咳払いをして答える。


「ええ。シュテラ・グレスレア様なら……」


 シュテラは、ノクタが会いに行けと言っていた人物だ。シャルの傷も癒せて、《災禍の魔女》に関する情報を得られるなら一石二鳥だが……。


(グレスレアって、ノクタと同じ名字……?)


 イブキは頬を引きつらせた。


(ノ、ノクタとどういう関係なんだ……!?)


 思い出したくないが、ノクタの顔が脳裏に浮かぶ。イブキは、審判所で殺されかけたことを、今でも許していなかったのだ。


 こうして、イブキたちは魔女の町へとたどり着いたのだった。



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