第87話 《霧の中へ》



 ――1時間後。 


 イブキたちは、チュンチュン車の荷台に乗って、湖のほとりを進んでいた。巨大で不思議な鳥? であるチュンチュンたちを操るのは、細い目をした老人の男だ。馭者の男性は麦わら帽子を被っていて、ゆっくりとした口調で観光役まで担ってくれている。


「この湖は~~~世界最大の湖でのぅ~~~ある時期になると、綺麗な鳥たちで埋め尽くされるんじゃ~~~それはもう、すごいんじゃぞ~~~」


 イブキたちは感嘆の声を漏らし、景色に見入っている。


 青い空と翠の風、正面には陽光を照り返す湖。

 チュンチュンたちの「グエーッ」という鳴き声を除けば、とても心安らぐ景色だ。


 よく見れば湖で泳いでいる人たちもいる。別に暑い時期ではないのだが、あれはあれで気持ちよさそうだ。


 イブキは、幼女姿に似合う純粋無垢な笑みを浮かべている。


「いいなぁ。本当は、ゆっくりできたらいいんだけどね」


 シャルはいつものクールな表情で頷いているのに対し、テトは顔を真っ青にしていた。


「……どうしたの、テト?」


「あたし、泳げないの……。なんで人間は、水の中に潜れるのかしら……」


 声を震わせるテトを見て、イブキは納得する。


「あー……猫だからか」


「あたしだけじゃないわ。ケット・シー族はみんなそうなのよ!」


「テト、水着似合うと思うんだけどなぁ」


 特に他意はなくイブキが呟くと、テトは少し考えたあと顔を真っ赤にさせた。


「んなっ……あたしがっ、水着……っ!? やだ! 絶対似合わないわよ! あたし、ほら……む、胸が小さいし……」


「まあ、そうだけどさー」


「少しはフォローしなさいよ……。あたしより小さいくせに」


「うっせーわ! 元の体ならテトよりあるわよ!! てか幼女だししかたねーじゃんか!」


 揺れる荷台の上で、互いに身を乗り出し火花を散らせる。あーだこーだ言い合っていると、透き通った声でシャルが言った。


「水着、いいですね」


 そこで二人は口をつぐんだ。

 シャルの体を見る――。服の上からでもわかるくびれと、人並み以上にある胸。肌は白くて綺麗だし、なにより金の髪を揺らしながら水遊びをするシャルの姿が、とても絵になった。……もちろん、これは二人の想像だ。


「……」


 イブキとテトは顔を見合わせ……互いにため息をついた。どんぐりの背比べもいいところだ。

 シャルはそんな二人の様子を不思議に思ったのか、


「どうしたのですか?」


 と首を傾げている。


(理不尽だわ……こっちの世界も……)


 元の体だったとしても、シャルには勝てるわけがない……。



 そんな他愛のないやり取りを何度か繰り返していると、突然チュンチュン車が動きを止めた。今、イブキたちが乗るチュンチュン車は、魔女の町へつながる『霧の谷』の入り口まで来ていた。しかし、険しい山道を少し登ったところで止まってしまったのだ。


「こりゃ~~無理じゃのう~~~」


 老人の声を聞いて、三人はチュンチュン車を降りる。

 

 奥へ進むに連れ、霧がどんどん濃くなっていた。来た道にも薄く霧がかかっている。高い木々に囲まれたこの場所には、日光も降り注いでいない。


「これ以上は、霧のせいで進めんの~~~。今日は、やけに霧が濃いわい~~~」


 チュンチュンたちも、「グエー」と鳴いた。これ以上は進めねえ! とでも言っているかのようだ。 


 シャルが老人へお金を払い、イブキとテトへ告げる。


「仕方ありません。ここからは歩いていくとしましょう」


「「はーい」」


 ふざけて二人声を合わせる。それから先へ進もうと足を動かしたところで、老人が声を掛けてきた。


「気をつけるんじゃぞ~~~」


 三人は老人へ別れを告げ、そのまま奥へと進んでいく。老人は、


「《化け物》がでるのでなぁ~~……」


 と続けたが、三人の耳には届いていない。


 霧はどんどん濃くなっていく。不気味な世界へと、三人は足を踏み入れたのだった。


 






 


 



 



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