第80話 《新たな始まりへ向けて》
メインストリートを奥まで行くと、怪しい露店の前で見覚えのある姿を見つけた。
竜人族特有の白い髪に褐色の肌、筋骨隆々とした体つき。ハーレッドだ。真紅の瞳でなにかを見つめている。
正面の露店は、よくわからない木彫りの人形や、変な形の土器、どうみてもそこら変に転がっているただの石(店主曰く、古代都市の特殊な建築素材らしい)が並べられていた。しかも、全てがめちゃくちゃ高い! 店主は怪しい演説で、ハーレッドを引き止めている。
「……なにやってんの」
イブキはたまらず冷たい声音で呼び掛けた。竜人族の王が、よくわからない店でよくわからない物を買うシーンなんて見たくなかったのだ。
ハーレッドがイブキに気がついた。店主は、「チッ、仲間がいたのか」と静かに悪態をついている。……やっぱりか。
「おお。久しいな、イブキ。それに、ケット・シー族のテトよ」
ハーレッドは微笑むこともせずにただそう返してくる。イブキは腰に手を当て、「ふん」と鼻を鳴らした。
「次に会うのなんて、当分先だと思ってたのに。元気してた?」
「ああ、お前のお陰で父上も母上も、仲間のみんなも元気だ。本当は竜人族の里で歓迎したかったんだがな」
ハーレッドが目配りで、門の方まで着いてくるよう告げる。彼が踵をかえしたところで、イブキとテトも歩み始めた。
その背中へ、イブキは問いかける。
「で、なんであなたがここに?」
「ドナーから一報あってな。そこに、《星火祭》にお前が参加することや《魔女の茶会》について書いてあった。《鎖の魔女》チェインには借りもあるが……今回は単純に、お前の力になれると思って来たのだ」
「本当に助かったわ、ハーレッド」
エネガルムを出る直前、ドナーはかなり申し訳なさそうにしていた。形だけ見れば、イブキを追い出したも同然だったからだ。しかしこうやって裏でサポートしてくれている所を見ると、やはり持つべきは仲間だと心の底から思うことができる。
ハーレッドが駆けつけていなかったら、テトは命を落としてしまっていたかもしれない。そう考えるとぞっとするが、これも運命のめぐり合わせなのだろう。
すると、隣のテトが呑気な口調で、
「でも、よくこんな遠い所まで来たわよね。竜人族の王様が、飛空艇に乗ってる姿なんて、想像できないわよ」
「俺は、飛空艇などには乗っていないぞ」
「へ? じゃあ、どうやってここまで来たのよ」
イブキはテトの反応を楽しんでいた。ハーレッドもわざと勿体ぶっている。
「なによ二人して!」とテトが唇を尖らせたところで、代わりにイブキが応えた。
「ハーレッドは、《竜神化》っていう力のおかげで竜になることができるの。もちろん、空を飛ぶこともね。だから、山々に囲まれたストラルンまで、ひとっ飛びで来れた。……でしょ?」
「流石だな、イブキ。お前を背に乗せてレーベと戦ったのが懐かしいぞ」
「正直怖かったけどね。てか、そんな懐かしむほど過去じゃねーし……」
そうこうしているうちに、三人は門の前までやってきた。さらに、わざと人気のない場所まで移動し、ハーレッドが口火を切る。
「さて、イブキよ。これからどうするつもりだ?」
そんなこと聞かれるとは思っておらず、イブキは言葉を詰まらせた。
《魔女の茶会》のことは放っておけない。それは《災禍の魔女》の過去についても同じだ。
(あっちの世界に戻るのは、当分先かなぁ……)
胸中でそう呟き、イブキは決意を固めた。
「……大事な話がある。エネガルムのみんなにも、聞いてほしいの。まずは、エネガルムに戻りたい」
「ふむ。ならばそうしよう」
ハーレッドが頷くと、今度はテトへ視線を向けた。テトに聞いておかなければならないことがあるのだ。
「……テトは、どうするの?」
問われたテトは猫耳を動かし、目をぱちくりとさせた。
「あ、あたし?」
「うん。テトは《星火祭》に参加して、巻き込まれただけでしょ。ケット・シー族のあなたには、帰る場所もある。だから……」
テトはわざとらしくため息をついて、肩の雪を払った。
「今更なに言ってんの? あんたが苦しんでるのに、見捨てられるわけないでしょ」
とても心強い言葉だが、はっきりと本音を晒したテトはまた顔を赤くしている。
「――ありがと。……でも、恥ずかしがるなら、そんな格好つけなきゃいいのに」
「か、格好つけてなんかにゃいし!!」
息荒く講義するテトへ、イブキは「はいはい」と軽くあしらってみせる。
それから、イブキとテトは、ホテルへ荷物を取りに戻った。再度門前に集合し、イブキは街の方を振り返る。
この街の雰囲気は、とても好きだった。今では非難の的となってしまったが、最初は心の底から《災禍の魔女》を受け入れてくれたのだ。
今では、昼間だというのに街は静まっている。昨日の一件のせいで、暗い雰囲気が漂っているのだ。
「……今日は《星火祭》最終日なんだよね」
誰に言うでもなくイブキが呟く。
本来であれば、《星火祭》最終日は、思い出に残る一日となるはずだった。シャルからも聞いていて、とても楽しみにしていたのだ。
「落ち着いたらさ、また来ようよ」
隣のテトの言葉に、イブキは力なく頷く。
三人は門をくぐる。スノウ騎士団副団長のバラグへは、簡単に挨拶も済ませておいた。
空からは相変わらず雪が降り続き、地面に真っ白なカーペットを作っている――。
まずはエネガルムへ戻る。
そして、《災禍の魔女》の過去を探るためにも……。
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