第79話 《友達》
雪の降る中、イブキは忠告を無視して城下町へと下りていた。
坂を下り、広場へと出る。そこでは数人の住民たちがひそひそと会話をしていた。イブキとテトに気がつくなり、そそくさとその場を離れた者もいる。
《聴覚補正》の魔術を使わなくても、会話の内容は想像できる。一言で例えるなら、「《災禍の魔女》のせいで事件が起きた」だ。もちろん、否定することはできない。
「おい」
ふと、イブキはベンチに腰掛けた年配の男性に声を掛けられた。イブキは応じる。
「なに?」
「なに、じゃねえだろう。聞いたぜ、あんたのせいで事件が起きたんだろ」
やっぱりね、とイブキは肩の力を抜いた。もちろん、ささやかな抵抗はしてみる。
「国王が《紅血の魔女》と取引したせいよ。わたしは招待されてここにきただけだわ」
「だが結果、大勢が死んだ。あの中には、俺の友人もいたんだ。《災禍の魔女》は半年後に世界を滅ぼすんだろう? そりゃ、こんなことが起きてたら確かに世界は滅ぶよなぁ」
こんな扱いを受けることは用意に想像できていた。最初はあんなに歓迎してくれたのに……言い返すのも億劫だ。
そんなイブキを
「ちょっと、イブキのせいにするのはおかしいでしょ。悪いのは、《紅血の魔女》……ううん、《魔女の茶会》よ。イブキは、みんなを守ったじゃない」
「ふん。そもそも、《災禍の魔女》がいなければ、こんなこと起きなかったんじゃないのか? 《災禍の魔女》をおびき出すために、俺たちの《星火祭》が利用された。そうだろ?」
男性は食い下がろうとしない。イブキは「もういいよ」とテトの袖を引っ張る。
しかし、食い下がらないのはテトも同じだった。
「だ!か!ら! なんでそういう考えになるのよ! イブキが、こんなこと望んだとでも言いたいの!?」
「どうかな。魔女はみんな、クソだ。呪われた存在なんだからな。《災禍の魔女》さえいなければ、こんなこと起きなかったんだよ!」
男性の熱が、他の住民へと伝染していく。最初に声を上げたのは、40代くらいの主婦だった。「そうよ!! あんたのせいよ!」とヒステリックに叫んでいる。今度は、気の弱そうな若い男性も、「そ、そうだそうだ!」と便乗し始めた。
他にも、口々にイブキを侮辱する言葉が飛び交う。みんな、怒りの矛先をどこへ向けて良いのかわからないのだ。だからこそ、《災禍の魔女》へ全ての憎悪が向いている。
(まあ……仕方ないよなぁ……)
耳を覆いたくなるような酷い言葉も多々あった。テトは拳を握り、体を震わせている。
「ふざけんなっ……」
直後、テトが肺いっぱいに空気を取り込み、大声でこう叫んだ。
「いい加減にしなさいよッ!!!!」
よく通る声で叫んだテトに、住民たちは声をかき消された。辺りに一瞬の静寂が走る。テトはみんなを睨みつけ、続けた。
「あんたたち、バッカじゃないの!! 子供みたいにぎゃーぎゃー喚いて! イブキはなにも悪くないわ!!」
「そ、そいつが悪い魔女じゃないって証拠はあるのかよ!!」
誰かに叫び返されたが、テトは鼻で笑った。
「証拠なんか無いわ! そんなものいらないわよ。これ以上、あたしの友達を傷つけるなら……あたしが相手になるからね」
テトが手を振り払うと、その手に純白の剣――ホワイト・スラスティアが現れた。みんな一斉に、息を飲んだ。ベンチに腰掛けていた男も、ぎょっとしてその場を飛び退く。
イブキは唖然としていた。テトがなぜ、こんなにかばってくれるのかわからない。だが、彼女はイブキのことを「友達」だと言ってくれたのだ。
テトの覇気に、住民たちは怯えて逃げ出す。何度かイブキたちの方を振り返りながら、最後に罵倒を残し……その場を去っていった。
「ふん、むかつくわ」
テトが剣を手放すと、それは光となって消えた。
イブキはそんなテトの背中を眺めている。するとテトが振り返った。
「あんたも、気にしなくていいからね。もっと言い返せばいいのにさ」
「でも……わたし、《災禍の魔女》だし……」
「はあ? かんけーないわよ。あんたはあんた。別に、魔女とかどうでもいいじゃない。あたしは、目の前のイブキしか知らないし!!」
……ま、ここ数日の仲だけどね、と最後に付け加えたテトは、恥ずかしがること無く当たり前にそう告げた。
逆にイブキは恥ずかしくなって、顔をそらす。
(テトがいて良かった……)
テトへ「ありがとう」と伝えようとすると、なんと、時間差でテトが顔を真っ赤にして猫耳をぴょこぴょこ動かしていた。
「……恥ずかしがるなら、言わなきゃ良いのに」
イブキの正論に、
「う、うるさいわね!」
とテトは八重歯を覗かせ噛み付くように言う。
イブキはもう一度微笑んでから、歩みだしたテトの後ろをついていった。ハーレッドは、どうやら城下町のメインストリートにいるらしい。
さっそく、迎えにいくとしよう。
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