第74話 《テトVSチェイン ④》



 テトが念じると、周囲に生成された無数の剣たちが一斉にチェインへと刃を向けた。

 その内の数本をチェイン目掛け放った。剣たちは風切り音を残し、一直線に向かっていく。

 チェインが転移魔法を使おうとしているのがわかった。あの剣たちを別の場所へ転移させるつもりだ。


 そうはさせない。


 テトは振り払う動作そのままに、左手のルーン・アナライズを勢いよく。ルーン・アナライズはその身を回転させ、フリスビーのようにチェインへ向かっていく。


 ルーン・アナライズの剣先が、チェインの正面に展開されかけていた転移魔法に触れる――。すると、空間は切り裂かれ、剣たちが一斉にチェインへと襲いかかった。


 チェインが鎖の魔法で、一つ、また一つと剣を弾いていく。ルーン・アナライズは、魔法で防げないと悟ったのか、身を屈めて避けられた。

 テトは、浮かぶ剣たちの中から細身の二本を両手に取り、チェインへ距離を詰めていた。周囲の剣は、剣先をチェインへ向けたまま素直にテトへついてきている。


 予想だにしていなかったのか、チェインは目をわずかに見開き驚いていた。


(くらいなさいッ!)


 右手の剣を振り払うが、チェインの炎魔法、《フレア・ブラスト》によって起こされた爆発により弾かれる。剣の刀身は砕けてしまった。


 次に左手の剣を突き出す。これはチェインの頬を浅く切り裂くだけで終わってしまった。


「甘いわ」


 静かに呟くチェイン。テトが頭上を見上げると、凝縮された水の槍が降り注いできているところだった。


 水魔法、《スカー・レイン》だ。


(全て撃ち落とすのよ、テト!!)


 胸中で自らを奮い立たせると、剣たちはそれに答えた。まずは水の槍を一本、左手の剣で弾く。テトは右手にもう一本の剣を取り、さらに二本、水の槍を防いだ。

 周囲の剣たちが、テトを守るべく一人でに動き、襲いかかる水槍を全て弾き返していく。


 だが次の瞬間、テトは地面に膝をついてしまった。


「はっ……っぐ」


 テトが喉の奥で呻く。それもそのはず。呼吸を制限され、さらに激しく動いたため脳に酸素が行き届いていないのだ。

 視界が狭まる。チェインの姿が陽炎のように揺らぐ。

 

 体が重い。自分が今、なにをしようとしているのかすらわからない。


 チェインが、なにか魔法を放とうとしている。魔法を無効化するルーン・アナライズをもう一度呼び出す気力すらない。


 このまま、前へ進むしか無い――。


「――ッ!!」


 瞳に強い意志を再燃させ、テトがもう一度立ち上がる。


 次の瞬間、今度はチェインを取り囲むように幾千の剣が生成された。全ての剣先は、もちろんチェインへ。

 転移魔法を扱う暇さえ与えない。


 テトが、声を絞り出す。


「ブレード……ダンス!!」


 直後、剣たちが一斉にチェインへ放たれた。正面で無数の剣が一斉に地面へと突き刺さる。地面は粉々に砕け、民家の壁にまで亀裂が入った。


 砂埃と雪が舞い上がる――。


 テトが生成できる全ての剣を解き放つ《剣聖術》、《ブレード・ダンス》。これを防いだ者など、未だかつていない。

 

 テトの首へ巻き付いていた金の鎖が、音を立てて砕けた。


「げほっ、ごほっ……!」


 激しく咳き込み、空気を肺いっぱいに吸い込む。まだ頭がぼうっとしている。


 殺す気でやったのだ。あのチェインとは言え、ただでは済まないはず。


 ――その考えを裏切るかのように、目の前の土埃の中から、金の鎖が伸びてきた。

 それはテトの右手へ巻きつく。振り払う気力すらない。


 土埃が晴れると、チェインが現れた。体中を切り裂かれているが、致命傷は一つも見当たらない。右手には、テトと同じく金の鎖が巻き付いている。鎖が、まるで二人を繋いでいるかのようだ。


 《ブレード・ダンス》の猛攻をくぐり抜けるなんて、不可能のはずなのに……。


「ふふ、少し焦ったわ、子猫さん」


 チェインの声に、テトは唇をそっと開く。


「なん、で……」

 

「じゃあ、」 


 それを合図に、テトとチェインを結んでいた金の鎖が、金色に輝いた。


 と。


 テトの体から、鮮血が迸った。突然、体中を切り裂かれたのだ。


(え……?)


 テトはそのまま地面へと倒れ込んだ。周囲の雪が真っ赤に染まっていく。この傷は、まさか……。


「あたしの《鎖魔法》よ。どう、結構痛いでしょう?」


 テトの頬にも切り傷ができていた。チェインも同じだ。

 腕の傷も、腰の傷もまったく同じ。


 ……まさか、これは自分と同じ傷を相手に追わせる魔法か? そんなもの、聞いたことがない。


 チェインは、痛みに顔をしかめることなく、ただ簡潔に、こう言い放った。 


「楽しかったわ。またね、子猫さん」


 そして、炎魔法が放たれた――。



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