第73話 《テトVSチェイン ③》
テトはそれ以上、ホワイト・スラスティアの「離れた場所を斬る」能力を使わなかった。全て返されてしまっては、意味がない。
かわりに、テトはもう一度駆け出した。剣を中段に構え、ケット・シー族の敏捷力を駆使して勢いよく距離を詰める。テトはその間、チェインから視線を外さなかった。
意識だけが加速する。次の瞬間、目の前の空間が一瞬だがぐにゃりと歪んだのをテトは見逃さなかった。
直後、テトは元いた位置に戻っていた。急ブレーキを掛け、今起きた現象を脳内で整理する。
「……にゃるほどね」
父親の口癖を真似て、テトは八重歯を覗かせにっと笑った。
「こんな転移魔法の使い方、よく思いついたわね」
テトの言葉に、チェインはわざとらしく驚いた顔をしている。
――転移魔法。それが、先程の現象の答えだった。
重力魔法を活用した転移魔法は、「転移ポータルを生成し場所と場所を繋ぐ」ことができる。戦闘時には、小物を瞬間移動させたりすることも可能だ。
だが、人を転移させるとなると別だ。それなりの質量を持つものを転移させるには、それに合った規模の転移ポータルが必要となる。だから、転移ポータルを生成する際は、何日も掛かったり、数人がかりでようやく生成することができるのだ。
だが、目の前の魔女、チェインは別だ。
チェインは、瞬時に中規模の転移ポータルを生成することができる。長距離を繋ぐとなればそれなりの時間と集中力を必要とするのだろうが、先程テトが移動した距離くらいなら朝飯前、というわけだろう。
テトが「自分で自分を斬りつけた」のも空間魔法によるものだ。斬撃を転移ポータルで移動させ、テトの体を斬りつけたのだろう。
こんなにも、空間魔法を巧みに操る魔法使いは初めてだ。このままでは、近づくことも難しい。
そう――このままでは。
テトは首元の鎖に触れた。ついに息苦しさを感じるようになってきた。急がなければいけない。
「やっぱり、魔女は特別ね……。今まで戦った相手の中で、一番強いわ。このままじゃ、勝てないわね」
「あら、諦めるの?」
チェインは首を傾げるが、その顔には感情が映っていない。壊れた人形みたいでとても不気味だ。
テトは首を横に振った。
「勘違いしないでよね」
右手にはホワイト・スラスティアを。
そして左手を開き、正面へと突き出す。
テトの真紅のツインテールが揺れる――。そしてテトは、猫耳を動かし、笑った。
「特別なのは、あたしも同じよ」
刹那、テトの左手が青白い輝きを放った。
光が弾ける。するとその左手には、ホワイト・スラスティアよりも少し厚みのある黒い剣が握られていた。
テトが、再び遅れて唱える。
「《ソードクリエイト》、『ルーン・アナライズ』」
《剣聖術》の初級魔法、《ソードクリエイト》は、ケット・シー族が持つ剣のイメージを具現化させるもの。《ソードクリエイト》で生成できるのは、一本が限界だ。
しかし。
テトは違った。右手に純白の剣ホワイト・スラスティア、左手に漆黒の剣ルーン・アナライズを生成している。
これには、目の前のチェインの目つきも変わった。相変わらずくすんだ瞳だが、今までで一番集中しているのがわかる。
「で、その剣でなにをしてくれるのかしら?」
「決まってるでしょ。あんたを、倒すのよ」
足に力を込め、弾かれたように前へ飛び出すテト。両手の剣を左右に下ろし、地面を這うように距離を詰める。
もうすぐ剣の間合いに入る。テトは左手のルーン・アナライズを正面に構えた。
チェインとテトを分断するように、正面の空間に歪みが発生する。このままでは、また元の位置まで転移させられてしまう。
「……させないわ」
静かに呟き、左手のルーン・アナライズを振り払う――。
空間の歪みが、横一文字に切り裂かれる。道が開けた。そのまま、テトは右手の剣ホワイト・スラスティアを突き出した。
テトが生成した二本目の剣、ルーン・アナライズは「魔法を無効化する能力」を持った剣だ。その能力により、チェインが発動させようとしていた空間魔法を無効化したのだ。
テトが突き出した剣は、チェインの土魔法――『アース・ウォール』によって生み出された石壁によって防がれた。石壁にホワイト・スラスティアが深く食い込む。すぐに抜けそうにはない。テトが右手を離すと、ホワイト・スラスティアは光となって消えた。
もう一度、ルーン・アナライズを振り払うと、石壁が崩れた。その間に、いつのまにかチェインが距離を取っていた。
距離を詰めようとするが、体が動かない。
見れば、なにもない空間から伸びた金の鎖が、四肢に巻き付いていた。体が拘束される。首元の鎖もきつく締まり、テトは絞り出すような呼吸しかできなくなっていた。
「はっ、……あっ……」
息がうまくできない。このままでは、意識を失ってしまう。
耳鳴りがする。眩む視界の中、
「剣を二本生み出したのは驚いたけど、大したことないわね」
とチェインの声が聞こえた。テトは唸るように声を吐き出す。
「誰も……二本だけだなんて言ってない……!」
次の瞬間、テトの周囲の空間に無数の剣が生み出された。ナイフのようなものもあれば、巨大な剣もある。それらのいくつかが意思を持ったように動き、テトを拘束していた鎖を切り裂いた。
テトは息を止めた。これで蹴りをつけないと、負ける。チェインを睨みあげ、テトは胸中で唱えた。
テトにしか扱えない《剣聖術》、《ブレードダンス》――。これで、決める。
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