第48話 《ご褒美のぷにぷに》


 翌日。

 イブキは、王都エネガルムの南門前まで来ていた。

 

 イブキ一人ではエネガルムへ入れないため、橋の手すりに背中を預けてぼうっと空を眺めていた。もちろん、赤いローブを羽織り、フードで顔は隠している。が、橋上で検問している兵や、通りゆく人々に怪しげに見られていた。


(エネガルムを救ったのに、未だにこそこそとしないといけないなんて!)


 たとえエネガルムを救った英雄でも、《災禍の魔女》には変わりない。イブキは青空へ向けてため息をついてみせた。


「ドナー、遅いなぁ……待ち合わせ時間すぎてるだろーがよー……」


 待ち合わせ時間を30分ほどもオーバーしている。イブキは幼女姿に似合わない相変わらずの口調で、悪態をついた。


 イブキは、ローブのポケットから《招待状》を取り出す。


 ――《星火祭》へ招待するとだけ書かれた厚手の紙。昨日は、この《星火祭》がなんなのかすら教えてもらえなかった。


 どれくらいかして、ようやくドナーがやってきた。人々の目を気にせず、大声で呼び掛けてくる。


「すまん! 遅れてしまったな、イブキ!!」


 わはは、と笑い飛ばそうとするドナーに、イブキは指を突きつける。


「ほんと、おっせーわ! れでぃを待たせんなよ!」


「ちょっと、準備に手間取ってしまってな! さあ、中へ入るぞイブキ!」


 そう言って、ドナーが先陣を切る。イブキは、怒りを抑え込んで黙ってついていく。


 検問では、ドナーがついていることもあって《災禍の魔女》であるイブキでも通れた。ドナーが「氷花騎士団として《災禍の魔女》を招待した」と告げるだけで通れてしまったのだ。

 検問兵にも、「あの時は街を守ってくれてありがとうございます」と声を掛けられ、イブキは満更でもない様子だ。


 元々、《災禍の魔女》は氷花騎士団がついていたとしても王都エネガルムへ入ることはできなかった。だから、地下水路から侵入したわけであって……。


 だが、今回ドナーと一緒に入れているのは、イブキがエネガルムを救ったからだろう。半年後の《災禍の魔女》の予言を覆したわけではないが、エネガルムの人々からの評価は変わりつつあった。


 門をくぐって、一先ず中央広場へと向かう。


 レーベとの戦闘で壊れた噴水が、直されているところだった。戦闘ででこぼこだった地面はすでに舗装されている。


 一度火の海になりかけた王都は、復興までもう少し時間がかかるだろう。



「……これからどうするの?」


「《星火祭》について説明をするんだよ! それと、挨拶もついでに済ませようと思ってな!」


「挨拶?」


「ああ! 《星火祭》は別の大陸で行われる! だから、みんなに別れの挨拶をしなくてはな!」


「い、行くのは決まってるのね」


「当たり前だ! とても名誉なことだぞ!」


「ふうん……」


 ドナーに連れられて、イブキは氷花騎士団本部の前まで来た。……が、そのまま本部の横を通って進んでいく。花壇のある横庭を通って、奥にある大きな建物へ。


「あれは?」


「氷花騎士団の寮だ! まずはシャルとリリスに挨拶をするんだな!」


「し、シャルはもう自宅療養してるの?」


「うむ! まあ、ずっとベッドの上で退屈しているみたいだ!」


 氷花騎士団の寮へと到着し、一階で受付をする。ドナーが「こいつをシャルとリリスに会わせてやってくれ!」と伝えると、受付の紙に名前を書かされた。イブキ、とだけ書いておく。

 そして中へと案内される。だが、ドナーは足を止めた。


「西棟は女性専用だからな! 俺はここで待っている! 《星火祭》については、シャルの方が詳しいからな! 俺のことは気にせずにゆっくり話してこい!」


「とーぜん! ずーっと待たせてやるわよ」


 意地悪にイブキが言うと、ドナーは腰に手を当てて「がっはっは!」と笑い始めた。

 シャルたちがいる部屋は、305号室らしい。階段で3階まで上り、扉のプレートを見上げながら部屋を探す。

 305号室のプレートを見つけた。その横には、シャルとリリスの名前も刻まれている。

 

 ノックすると、いきなり扉が開いてリリスが顔を出した。今は髪を結んでおらず、また違う雰囲気がある。


「ようこそ、イブキさん!」


「や、やっほー」


 咄嗟の出来事に、イブキは身を退いていた。そのせいでフィオみたいな口調で挨拶をしてしまう。


 部屋へ入ると、ふかふかの絨毯が敷かれていた。女の子らしい、香水のような匂いがする。イブキはずっと被っていたフードを取っ払った。


「姉妹そろって一緒の部屋なのね」


「はい。お姉ちゃんと一緒が良くて、わがまま言ってみました」


 そのまま奥へ行くと、ベッドの上で体を起こし、本を読んでいるシャルがいた。

 イブキの表情が自然と緩む。そんなイブキへ、シャルは本を閉じて、


「イブキさん、お久しぶりです。竜人族の予言の件、よくやりましたね」


 シャルとは、あれ以降ずっと会えていなかったのだ。順調に回復していることは聞いていたが、実際に合ってみるとほっとする。


「シャルも、無事で良かったわ」


「プレアーネさんのおかげです。イブキさん、どうぞこちらへ」


 ベッドの端を手で軽く叩いて、そこへ腰掛けるよう催促してくる。イブキは嫌な予感がして躊躇うが、リリスに背中を押された。


(か、囲まれている!?)


「お姉ちゃん、イブキさんにずっと会いたがっていたんですよ。ご褒美に、『ぷにぷに』させてあげてください」


 リリスが囁くように言ってくる。

 シャルには、感謝しても仕切れないほど助けられた。イブキが魔法研究所の地下に閉じ込められている間も、イブキの代わりに先陣を切って立ち向かってくれていたらしい。


 それとこれとは話が別だ! と言いたい。……が、シャルは頑張ってくれていたし……。


 イブキは覚悟を決める。シャルへと歩み寄り、ベッドの端に腰掛けた。

 シャルの腰まで伸びた金の髪。さらさらでとても綺麗だ。それに、パジャマ姿で、胸元が少しはだけてしまっていた。同性のイブキでも、こればかりはどきっとしてしまう。


(め、目のやり場に困る……)


 イブキの頬が真っ赤に紅潮していく。と、シャルの手がイブキの頬にそっと触れた。


「緊張してるのですか?」


「べ、別に。早くしてよっ」


 その言葉を待っていたと言わんばかりに、シャルの凛々しい表情が崩れる。いやらしい笑みを浮かべ、


「えへへー……そんなに急かさないでくださいよぉー……」


 そして魔の手が忍び寄る――。


「ぎにゃーっ!!!」


 今だかつて無い『ぷにぷに』の餌食になり、イブキは変な叫び声を上げるのだった……。



 





 


 

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