第30話 《シャルVSヴィクター ②》

 

 ヴィクターが老人とは思えないしなやかな動きで間合いを詰めてくる。立ち向かうシャルが射程に入った瞬間、ヴィクターは右手の《竜爪》を振り払った。


 怪しく滾る鉤爪の先は、シャルの首元を切り裂こうとしている。しかし、シャルはその攻撃を読んでいた。そのまま《竜爪》の真下を掻い潜り、ヴィクターの背後を取る。そして、振り返りざまに右手を振り払った。


「――《紫閃しせん》」


 ヴィクターの背中に、紫色の雷撃が薙ぎ払われる。《紫閃》の直撃に、ヴィクターはうめき声を上げた。


 そのまま、もう一度、《紫閃》を放とうとする。右手を振り払おうとして……シャルは動きを止めバックステップで距離を取った。


「ふぅ……」


 シャルが息を吐く。背を向け無防備のはずのヴィクターに、シャルは違和感を感じていたのだ。ヴィクターは、背中越しに、不気味な笑い声を上げている。


「ふほほほ、良い勘をしておる。そのまま近くにいてくれたら良かったものを」


 ヴィクターの言葉の意味を、シャルは理解していた。さっきの違和感の正体……それは、ヴィクターが展開しようとしていた炎魔法だ。彼の言うことが本当であれば、あのまま攻撃を続けていれば反撃を食らっていたということだろう。


「小細工じゃ、私は倒せません」


 透き通った声で忠告するシャルは、目に掛かった金の髪をさらりと払いのける。向き直ったヴィクターは、シワのある顔に余裕の表情を浮かべていた。


「ほほ、では正面突破じゃのぅ」


 ヴィクターが覇気を迸らせ、睨みつけてくる。


「炎魔法、《フレイム・テンペスト》」


 氷花騎士団で訓練を積んだシャルは、他属性の魔法についても、知識を詰め込んでいた。炎魔法、《フレイム・テンペスト》は、対象者を包み込む炎の渦を引き起こす魔法だ。

 シャルの体の周りで、突如現れた炎がうねりを上げて包み込もうとする。シャルがその場から飛び退く。だが、ヴィクターが展開した《フレイム・テンペスト》は、並のそれとは違った。


 範囲が、桁違いだったのだ。


 飛び退いたシャルだったが、すでにそこも《フレイム・テンペスト》の射程圏内だった。シャルを、うねる炎が荒波の様に飲み込んでいく。


「……っ、ぐ!」


 皮膚を焼かれ、シャルが悲鳴を飲み込む。この状況でも、シャルは冷静だった。シャルが指を鳴らす。すると、ヴィクター目掛けて雷撃が降り注いだのだ。


「ほ!?」


 ヴィクターが、《竜爪》を払って雷撃を弾き飛ばす。しかし、集中力を切らしたせいか、シャルを包み込んでいた炎の渦も消え去った。


 咄嗟の判断で免れたシャルは、額に冷や汗を浮かべている。炎魔法の完成度だけでいえば、あのドナーを凌ぐ。それが、生まれつき炎魔法の加護を得た竜人族の力なのだろう。


 単純な魔法のクオリティでは、ヴィクターが上回る。人間相手には兵器とさえなり得るリーゼロット家の雷魔法も、竜の血を引く竜人族には、生半可な攻撃では傷一つすらつけられない。


(ハーレッドの時みたいに、生命力を上乗せして、雷魔法をブーストすることもできる。けれど、それですらハーレッドの《竜爪》を切り落とすことしかできなかった……)

 

 迷い、思考を鈍らせるシャルに、ヴィクターが追い打ちをかける。


「炎魔法、《メテオ・フレア》」


 ヴィクターの頭上で生成された炎の塊が、シャルへ打ち付けられる。シャルは正面に雷魔法を展開したが、抵抗虚しく衝撃で弾き飛ばされてしまった。

 シャルの体が、民家の壁に打ち付けられる。頭を打ったせいで、後頭部をべっとりとした血が覆う。

 倒れそうになる体に鞭を打って、シャルはなんとか体を起こした。視界が眩む。後頭部から流れ出る血が首元を撫でて鬱陶しい。

 シャルは歯を食いしばった。


(うだうだ悩んでいる暇はないわ、シャル=リーゼロット! 私は氷花騎士団の一員。なんとしてもこの街を守るのよ!)


 気を鎮めるように、息を吸って、大きく吐く。痛みで体が軋む。だが、このまま止まっているわけにはいかない。

 体勢を低くして、シャルは呟くように、


「《疾雷しつらい》」


 唱え、雷鳴を轟かせ神速の如くヴィクターへと飛びかかった。


「ぬお……!?」


 ヴィクターが素っ頓狂な声を上げる。それもそのはず、いつの間にか、自分の体が地面に倒れており、《竜爪》を片足で抑えつけながらシャルが立っていたのだから。

 戦闘中に扱いの難しい《疾雷》でも、単発で使う分には問題ない。


 人差し指と中指を揃え、シャルがそれをヴィクターへ向ける。まるで、銃の様に見立てている。


 リーゼロット家に伝わる雷魔法――近距離に置いて、最大火力を発揮する、応用魔法……。


 シャルが照準を合わせる。ヴィクターは目を見開き、炎魔法を展開しようとしている。


 轟いたのは、シャルの声だった。


「《霹靂神ハタタガミ ―神解かみとき―》!!!!」


 


 

 

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