第29話 《シャルVSヴィクター ①》
シャルは、急いで寮へ向かい、第2部隊へ北門へ集合するよう告げた。彼らも、すでに大まかな情報を把握しているらしく、準備に手間取ることは無さそうだった。
一番最初に寮を出てきたのは、シャルの妹であるリリスだった。髪はボサボサで、起きてすぐに出てきたのがわかる。
「お姉ちゃん!」
寮前で待っていたシャルへ、リリスが駆け寄る。シャルはふっと微笑んで、北門へ続く道を凝視した。
「いい、リリス? ノクタ団長は、一番遠い場所にある門を私たちに任せたわ。その意味がわかる?」
リリスが靴の紐をぎゅっと結び直しながら、顔を上げる。
「うん。あたしたち姉妹が適任だから、だよね」
「ええ。さあ、行くわよ」
シャルとリリスが、ぴったり息を揃えて、体勢を低くする。同時に、唱えた。
「「雷魔法、敏捷強化――《
そして、前へ飛び出す――。
一瞬、二人の体が雷を包み込んだのが見えた。そして、次の瞬間には、二人はその場から消えていた。
いや。
消えたのではない。目に見えない、ありえない速度で、急激に加速したのだ。
対象の敏捷力を大幅に向上させる雷魔法、《疾雷》。ノクタは、彼女たちのその能力を評価して、一番遠い北門を任せたのだった。
シャルとリリスは、凄まじい疾さで道を駆け抜ける。人の多い商店街でも、すり抜ける様に簡単に駆けていく。
シャルたちが使う雷魔法は、他の雷魔法とは少し違う。
《
だが、それ故にリーゼロット家は落ち込ぼれのレッテルを貼られてきた。
理由は一つ。
強力すぎるが故に、他人の前で本気の雷魔法を唱えたことがないからだ。
いつも、リーゼロット家の雷魔法は手加減をするのが当たり前だった。他の魔法使いは、全力で魔法を使えるのだから、そこに差が生じるのは当たり前のこと。そうでもしないと、相手を殺してしまうことだってある。
本来は、本気で魔法を唱えないリーゼロット家の人間が出世するはずがないのだ。
だが、最初にシャルの才能を見抜き、全力で魔法が使える環境を――氷花騎士団として戦う使命を与えた人物がいた。それは、ノクタの前任の氷花騎士団団長だ。『彼』のおかげもあり、今リーゼロット家は初めて日の目を見ることができている。
――《疾雷》の敏捷力向上により、二人は北門へと到着した。リリスには、掻い摘みながらなにが起きているのか、自分たちの役割はなんなのかを伝えている。
二人は《疾雷》を解いて、正面を見た。《疾雷》は疾すぎるが故、まだ戦闘中に上手く使うことができないのだ。
二人の目に映ったのは、門を包むように燃え盛る炎と、巨大な竜。竜は、襲ってくる様子はない。ただじっと、シャルたちを観察しては、「フシューッ」と熱気の籠もった息を吐いているだけだ。
「り、竜なんて初めて見たよ……」
とリリスが声を震わせている。だが、その竜は門を守っているだけのように見えた。
「この街から、誰も逃さないってわけね」
辺りを見渡すと、今まさに路地裏へ消えようとしている竜人族たちの姿を見つけた。数はわずか五人ほどだ。
「待ちなさい!」
シャルが声を張り上げると、竜人族の一人が足を止めた。竜人族なので詳細の年齢は不明だが、老人のようにも見える。
「氷花騎士団か。お主らは先に行けぃ」
残りの四人を先に行かせ、老人が歩み寄ってくる。腰の後ろで手を組みながら、余裕を感じさせる動きで。
シャルも、負けじと前に出た。
「リリス、あなたは残りの四人を追って。ただし、戦闘は控えること。あくまで偵察よ」
リリスは自分を鼓舞するように頷いて、残りの四人を追いかける。目の前にいる竜人族の老人は、リリスを止めようとはしなかった。
シャルと老人が睨みあう。北門付近には、人の姿は見えない。みんな、避難しているみたいだ。
老人が「ほっほっほ」とわざとらしく笑った。
「お主、ハーレッド様に完膚なきまでに叩きのめされておったのう。ワシも、崖の上から見守らせてもらっておったわい」
崖の上と聞いて、シャルはぴんときた。あの時、ハーレッドの隣にいた仮面の男が、この老人なのかもしれない。
「癖でね、本気の出し方を忘れちゃったんですよ。負けたことは、認めますが」
「ほっほ、案外謙虚じゃのう。しかし、あの《災禍の魔女》とやらには驚かされたわ。やつはおらんのか?」
シャルは口をつぐんだ。イブキならば、強大な力を持つ竜人族も簡単に退けることができるだろう。だが、イブキは今いない。シャル自身が、なんとかするしかないのだ。
「イブキさんはお休み中です。それより……どうして、エネガルムを襲うんですか? イブキさんが、ハーレッドと約束を……」
「そんなもの、ワシらには関係ないわい」
そう言って、老人が右手を掲げる。すると、その腕が紅蓮の業火に包まれ、鋭い鉤爪を持つ竜の腕へと変化した。竜人族の奥義、《竜爪》だ。
老人は続ける。
「ハーレッド様は、今正式な竜人族の王となる儀式の真っ只中じゃ。その隙に、ワシらはエネガルムへ攻め込んだ。サイハテの荒野で見た竜人族が、全員だと思うたか? まだ何十人もおるわ」
「なるほど。あなたたちだけで、独断で捕虜を救いに来たのですね」
「そうじゃ。これも、我ら竜人族の未来のためじゃ。先に手を出してきたのはお主らなのじゃから、殺されても恨むまい」
シャルは目線を地面へ落とした。一年前の竜人族討伐も仕組まれたものだとしたら、悪いのは人間側だ。竜人族は、ただ仲間を助けたいだけなのだから。
だが、シャルにも引けない理由がある。
「……お願いします。捕虜のことは私たちに任せて、この場から退いてください。でないと、本当に予言の通りに――」
「お主ら人間のことなんか、信用できるわけがなかろう。これは復讐じゃ。エネガルムが火の海に? ふん、望むところじゃ」
老人が《竜爪》を構え、炎を滾らせながら唸るように言う。
「ワシは竜人族王家の執事、ヴィクター。ワシらを止めたければ、全力で倒しに来ることじゃな」
シャルは、胸中で戦うことを拒んだ。このまま戦ってしまったら、リムル神の予言の通りになってしまう。だが、彼ら竜人族のためにも、なんとしてもこの場を収めないといけない。
「……恨まないで下さいね」
シャルが人差し指と中指を揃え、顔の前へ持っていく。そして、ふぅと息を吐いた。
「氷花騎士団第2部隊隊長、シャル=リーゼロット。リーゼロット家の名にかけて、あなたたちをリムル神の予言から救い出します」
そして、二人は前へと飛び出した――。
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