一筋の光


 それからはもうてんやわんやだ。目も当てられない状況に追い込まれた。

リーダー格の男がうずくまったことは予想外の展開だったのだろう。他の取り巻きはしばらく身動きが取れなかった。そのまま立ち去ろうと思ったが,袋叩きにされていた同級生ぐらいの男のことが気になった。連れて行ってやろうと輪の中に近づくと,数では有利だと思ったのか何人かが動きを見せた。


「おい,何してくれてんだよ。状況は飲めてんのか?」

「いや,自分でもあんまり賢いことをしたとは思ってねえよ。ばかなんだ。かたき討ちでもするか? 一対一だと勝負にならないから嫌だろうけど」


 乗ってきたら儲けもんぐらいの気持ちで煽った。こういう根性の腐った人間は,一人では何もできないくせに圧倒的な有利な状況になると自分が強いのだと勘違いして振る舞う。根腐れした根性の中にまだ生きているものがあることを願ったが,やっぱりそういう訳にはいかなかった。


「甘ったれたことをいってんじゃねえよ。地獄を見せてやる。おい,お前ら行くぞ」


 さっきまで後ずさりしていた男たちは,「死にやがれ」とか「ぼこぼこにしてやる」と水を得た魚のように生き返って襲い掛かってきた。なりふり構っていられない。何人か道ずれにしてやろうとこっちもやけくそになった。

 正面から襲い掛かってきたやつを殴り飛ばす。後ろから蹴りを入れられる。近づいてくるやつを蹴り飛ばす。後ろから殴り掛かられる。だんだんと身体が熱くなり,ぼーっとしてきた。時間が経つにつれ殴られけられる回数が圧倒的に増えてくる。それでも無我夢中に腕と足を振り回した。相手も何人かは急所に入ったり痛みで倒れこんでいた。

 頭に鈍い衝撃が走る。ゆっくりと地面に倒れこむ。「舐めやがって」と後ろからぜえぜえと息を荒げながらつぶやいたのは,最初に倒れた大男だった。手には腕よりも太い木の枝を持っている。

 大男が近づいてくるのが分かる。「終わった」と直感的に感じた。今からあいつはあの棒を大きく振りかぶって,体重を乗せて振り下ろしてくるだろう。


頭じゃなかったらいいな

でも身体を打たれたとしてもただでは済まないだろうな

あれ,そもそもなんでおれはやられてるんだ


 余計なことに首を突っ込むもんじゃないな,と自分で自分をあざ笑った。勉強もしない,部活もしない。輝かしい未来なんて一筋も見えないのに,くだらない正義感だけは持ち合わせている。少年漫画ならかっこいい生き方でも,結局まっすぐな生き方なんて損をするだけ。どうしてこんな不器用な生き方しかできないのだろう。

 棒を振り上げる。街灯と被って一瞬目の前に影が差す。目をつぶった。

 体に衝撃はなかった。代わりに,目の前で男がつまずく気配がした。目を開けると,男はつまずいて棒を杖のように地面についていた。


「てめえ,ここはバカばっかりか」


 見ると,袋叩きにされていた少年が自分の二倍ほどある男の足首を掴んでいた。倒れこみながらも最後の力を振り絞るようにして相手に向かう姿は,見るに無残だった。でも,これから逆転勝利を収める主人公のように光ってもいた。


「やめて・・・・・・。その人は,関係ないんだから」


 男は目をぱちくりさせて少年を見下ろした。そして,唾を吐きかけた。


「だから代わりに僕をってか? お前もただ偶然そこにいて絡まれただけの運の悪い奴なんだから,そのままとんずらすればよかったのに,どうしようもない奴だな」


 お望みどおりに,と言って足を振って腕を払い,棒を振り上げた。止めないと。あいつ,死んじまう。頭ではわかっていても,身体が反応しない。おれは結局,大切なことは何もできない。いつもそうだ。

 無力感を感じながら,目の前の光景を見つめていた。まるで,テレビ画面の中に移る出来事を見ているみたいで,現実味がなかった。今にも木の棒は振り下ろされようとしている。もうだめだ,そう思った時,公園の中を懐中電灯が照らした。


「おい! そこで何をしているんだ!」


 逃げろ,と少年を袋叩きにした連中は走り去っていった。大男も木の棒をその場に投げ捨て,懐中電灯の光から離れていった。



ーーーーーーーー




 朝起き一番に,キッチンに立つおばさんに声を掛けた。


「おばさん・・・・・・じゃなくて,母さん。おれってさ,何で入院したんだっけ?」


 おはよう,と言ってシンクで手を洗い,丁寧に手を拭いた。必要以上に時間をかけてゆっくりとぬぐう。何を言うべきか,考えているのかもしれない。


「あまりその日のことを話しするのは良くないだろうってことでお医者さんにも警察にも言われたからあえて話をしなかったけど,はっきりと覚えていないのね?」

「ああ,覚えていない。公園で,どうなったのかははっきりと覚えてなくてさ」


 座りなさい,とおばさんは促した。公園での出来事というのはヤマカンだった。間違っていたとしても何とでも言い逃れはできる。でも,おばさんの反応を見る限りは予測は外れてはいないのだろう。


「お茶でよかった? 少し待ってて」

「いいよそんなの」

「・・・・・・少し長くなるから」


 そういっておばさんは冷蔵庫からお茶を取り出し,二つのグラスに注いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る