手を挙げろ
落ち着かないままに月曜日が来た。朝なんてこなければ良いのにと毎晩思う。いつまでもだらだらと遊んでいたい。学校に行ったって特に有意義な時間が過ごせるわけではないのだから,同じぐだぐだなら家で好きかってしていたい。そんなことを思って夜を過ごしているとただ何もしないままに夜は深まり、眠気は襲ってくるのだけど次に目を開けたときは朝だと思うと少し憂鬱になる。そんなことを思いながら休んでいるからか,起きたときには全く疲れは取れていない。別に何か頑張ったときに残った疲労感ではないのだから,何の疲れかと言われたらはっきりとはしないのだけど,余計に心地悪い。
石ころを川に蹴飛ばしながら学校まで歩いてきたが,気分は全くよくならなかった。むしろ蹴り損なって思うところにいかなかったときなどには余計にイライラが募り,太陽を覆う曇り空と身体の体温を奪う風にすら怒りをぶつけたくなる。
「今日から生徒会の立候補受付が始まる日だな。このロクでもない学年から立候補者が出るかね。まあ,変なのが立候補する前にこちらから根回ししとく方がいいかもなあ」
「そうだな。かといって,めぼしいやつがいるわけでもないんだけど」
廊下を歩いていると,確か数学の教員の中野と体育の教師の大栗が二人で前を歩いていた。大栗が話の途中でこちらに気付いて振り向いて,顔を後ろにのけぞらせるような格好でしまったというあからさまなリアクションを取った。生徒に聞かれているとは思っていなかったのだろう。脳天気なやつだと思っていると,聞いていたのが大介だと思ったからか,弁解をするわけでもなくまるで聞き耳を立てていて失礼なやつだと言わんばかりの顔をした。
「なんだよ種掛。お前、挨拶ぐらいしろよ。そんなんだから周りに人が寄ってこないんだ。幽霊みたいで気味が悪いじゃないか」
「・・・・・・おはようございます」
「なんだよ。蚊が鳴いているみたいな挨拶だな」
馬鹿にしたようにそう言うと,中野と大栗は職員室の咆哮へと歩き出した。
すぐにでも殴ってやろうと思った。こういう勘違いしている教師がいる。自分の立場を権威と勘違いして振りかざして,平気で相手を卑下するような言動をする。こういうやつに限って,困った生徒というレッテルを貼ったやつや,人気者で味方につけておきたいやつなんて線引きをして,平気で態度を変える。このタイプはとっちめて分からせてやらないと気が済まない。
おい,と声をかけて回り込み,自分よりも二十センチ以上高い大人二人を睨み上げた。
「おい,とは何だ? 口の利き方を知らないのか?」
つばを散らして大栗が威圧的な態度で詰めてくる。中野は横で口の端を上げて気味の悪い笑い方をして何をいうでもなく様子を見ている。タフぶっているつもりかも知れないが,身体が大きさが売りなだけの小物に過ぎない。
絶対に手を出さないこと
股間を蹴り上げてやろうとしたその時、大介との約束が頭をよぎった。同級生だけじゃなく,こんなふっざけた大人にもそのルールが適用されるのだろうか。だとしたら,ふざけてやがる。
ここでそんなやつを相手に自分の願いを潰すのもしょうもない。代わりにメンチを切ってやることにした。
「調子に乗ってんじゃねえぞ,おっさん」
目を丸くして突っ立っている二人ににじり寄るようにして距離を詰めた。中野は一歩あとずさりをして虫けらのように肩をすぼめて目に見えて丸くなった。大栗の方は威圧感を出すためか,胸をそらせて眉間に深くしわを寄せて見下ろしてきた。
「なんて口をききやがる! 教えてやらないと分からないようだな」
唾を散らしながら大栗は怒鳴り散らした。生徒は自分の言うことを聞くものだと勘違いしている教師がよくやることだ。威圧的に接して,理不尽な要求をのませる。あいにく,こちらはそんなものに屈するつもりはない。
「口くせえんだよ。大きな声出してしゃしゃるな。怒鳴ってたら言うことを聞くとでも思っているのか」
「ずいぶんと言ってくれるじゃないか。そんなに目立とうとして,何がしたいんだ? その・・・・・・何組の誰かも忘れたが」
気味の悪い笑みを浮かべてこちらを見ている。その視線は胸元の名札に向けられていた。
「種掛・・・・・・ああ,いたなあそんなやつ。周りからずいぶんいびられているんじゃないのか。 その憂さ晴らしか? 意外と気が強い方なんだな」
小ばかにしたように短く笑った。大栗の背中に隠れていた中野は「では,授業がありますので」といそいそと動き始めた。
腐ってやがる。大栗の言い分だと,大助の顔は認識していなかったにしても,いじめられているという事実は共有しているようだった。それを心配するでもなく守るそぶりのない大人に心底腹が立った。
「おれが学校のトップに立って,お前たちに胸を張って校内を歩けないようにしてやるからな」
「怖いこと言うね~。その殴られたら痛そうな拳でのし上がるつもりか?」
大栗はおれの握りしめた右腕を見て笑った。掌に爪が深く食い込んでいるのがわかる。
「のしあがるよ。ただし,手は出さねえ。・・・・・・いや,手は挙げることになるのか」
掌を大栗と職員室に向かおうとする中野の方に向けた。
「生徒会長に立候補する。当選したら,その時はよろしくな」
他には誰もいない廊下に声が通った。
誰も何も言わない。ただ,始業を知らせるチャイムが校内に鳴り響いていた。
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