椿

@Akatuki-217

椿

 薄暗く落とされた照明、整備された空調、大きなスクリーンから発せられる白い光、照らし出される観客達。この小さな劇場で、ぶら下がっている彼らは、上映を今か今かと待ちわびていた。

 私が劇場内へ入ると、彼らは一斉にこちらを向いて、早く席に着けと目で訴えてきた。どうやら私が最後のようだ。手元のチケットの席番号を確認し、指定された場所へ向かう。遅くに駆け込んだだけあって、スクリーンから一番遠い所であった。人を掻き分けながら席へ辿り着くと、そこにはロープが一本、見えない天井から垂れ下がっていた。この劇場は初めてなので勝手がよくわからないが、これを使えということなのだろう、私は従うことにした。

 周りの客と同じように、ロープを結びそこに頭を突っ込んだ。と、それが合図のように一気にロープが上へと縮む。なるほど、下手な所よりハイテクだと私は感心をして、しっかり首が苦しくないことを確認した。


 こうして私が彼らと同じようにぶら下がり、観客席が埋まったところで、上映が開始された。

 カウントの後、古めかしくノイズが入る映像と共に映し出されたのは、小さな苗木。土の中に埋められて、手を空へと広げている。映像は、朝から晩を速く、何度も繰り返していった。それに合わせてみるみるうちに、スクリーンの中の木が大きく、背を伸ばしていく。影は左から右へそそくさと移動し、辺り一帯が闇になる。木はその度に大きく枝を振るわせて、まるで自身の存在を主張しているかのようだ。

 やがて、枝の先にぽつぽつと蕾が顔を出し始める。何の花が咲くのだろうか。蕾はどんどん膨らみ、そろそろ花が芽吹きそうだというところで、映像が停止した。

 映像に見入っていた私は、ここで終わりなのかと首を捻り、周りの観客の様子を伺った。すると、彼らは木のように茶色くなりながら手を伸ばし、私を一斉に睨みつけていた。……ここの観客はあまり親切ではないらしい。どうやら観客の中で私だけが私のままなので、上映を停止されたようである。私は慌てて手を伸ばし、スクリーンの中の木の色を、自身の身体へ写し出した。彼らは私が木になったことを確認すると、すぐスクリーンへと視線を戻していった。


 こんなに怖い劇場は初めてだと心の中で呟きながら、再び流れ始めた映像へ、私も視線を移す。蕾が開き、花が咲き始めている。咲いている花を見るのはいつぶりだろうか。赤い花びらが少しずつ開いて、大きく花になっていく。

 気がつけば、無意識のうちに私も咲いていた。見渡すと観客達も皆花びらを嬉々として広げている。素直で可愛らしいところもあるものだと、頬が緩む。

 花達は徐々にその数を増やし、ほとんど全ての蕾が開いたところで、映像が緩やかな速度へと切り替わった。ゆっくりと流れる自身の影に合わせるように、再び大きく手を振るスクリーンの中の木は、喜んでいるかのようだった。

 朝日が私達を照らし、やがて今度は夕日が私達を包み込む。眩しい光に目を細め、悠々と太陽の心地よさに身を任せる。しばらくするとスクリーンは闇に包まれて、夜が来たことを予感させた。

 夜が明けると朝が来る。何度も何度もそれを繰り返すうちに、花達は咲き初めだった頃の美しさを徐々に失っていく。観客達はそれを惜しみながらも、最後の時を楽しみにしていた。


 いくつ日を越えただろうか。その時がやってきた。

 顔を赤くしながらぶら下がり続ける私も彼らも、視線はスクリーンに釘付けだ。劇場は、強い花の匂いで包まれている。スクリーンの中の花は、どんどんくたびれて、今にも力尽きそうだ

 ーーーもう少しだ。さあ。私達は、花は、どのように終わるのか。

 その瞬間。花が、一斉に落ちた。同時に、観客達の首も落ちる。

 そうして劇場の中には、転がる花と宙に浮いたままの身体だけが残った。

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