二章 第十二話「再契約」

「そういやデュランダルに入ったそうだな、エルキュール。引き続きオレの忠告を守っているようでなによりだぜ」


「グレンも、紅炎騎士の名代として務めをこなしているようだ。そんなに小綺麗な格好でいられると、まるで貴族みたいだと思ってしまう」


「……はは、面白え。暫く見ない間に性格が悪くなったか?」


 大広間の端にある長椅子、先ほどロザリンとルシアンと歓談したそれに並んで腰掛け、グレンと言葉を交わす。 

 少しだけ顔に疲れが見えるが、この前にルイスと共にマクダウェル邸で事後捜査に励んでいたとのこと。

 ともかく壮健である様子に、エルキュールはひとり安堵した。


 さて、グレンに会ったのなら、デュランダル特別捜査隊の件を持ちかけようとも思ったが。

 エルキュールは今に至るまでその機会を見いだせずにいた。煮え切らないまま、グレンの向こう側に座る金髪の青年に目を向ける。

 青年の名はルイス・マクダウェル。ビルが失脚により暫定的に現当主の座に就いた男である。

 彼は何の目的があってこの場に居合わせたのか、エルキュールは未だ聞かされてもらっていない。邪魔とは言わないが、落ち着かないのも確か。

 怪訝の視線を投げかけてみても、ルイスは気まずそうに視線を虚空に漂わせるだけ、てんで話にならないまま時間だけが過ぎている。


 要するに、三人の間の空気は和やかなものではなかったのだ。


「ったくよ、お前ら揃いも揃ってもじもじしやがって。お互い知らない仲でもねえんだろ? それでもオレの助けが必要か?」


 煽るようなグレンの言。先に口を開いたのはエルキュールだった。


「マクダウェ――いや、ルイスさん。先ほどから何か言いたげな視線を感じるのですが、俺に用でもあるのですか」


「違っ……く、ないな。ああ、その通りだ。だがそれを言うより前に、まずその大仰な話しぶりをやめてほしい。貴様にそんな風に話される謂れなどボクにはないのだ、頼む」


 妙に畏まった様子のルイスに戸惑う。貴族なのだからこちらがへりくだるのも当然だと思っていたが、ヴォルフガング然り、このやり口は感触があまり良くない。

 保身から内に閉じこもり、アマルティアに先手をとられる隙を生み出してしまった負い目なのだろうか。貴族連中の様子もここ最近は変わってきているらしい。もしくは身分を超えた人間の結束を求められる時勢だからか。


 世界情勢の移ろいを感じつつあったが、ともかくエルキュールは了承した。見た目だけ見ればルイスとは同年代なのだから、変に敬語を使うのにも違和感があったのも確かだ。


「感謝する、ラングレー。話というのはだな、ボクが今まで為してきた愚行について謝罪したいということだ。貴様以外にはしっかりと反省を伝える機会があったのだが……」


 謝罪と言われても、エルキュールには覚えがなかった。ルイスとは個人的な関係はおろか、顔を合わせて話したことすらほとんどない。

 その程度の間柄だというのに、一体何を。ますます疑問が膨らむ。


「ヌールの件だ。貴様の妹に失礼な言葉を浴びせたばかりか、知らずのうちとはいえ事件の片棒を担いでしまったことだ……。もちろん許されようとは思ってない。思っていないが、ただ本当に、申し訳ない」


「……なるほど」


 理解する。が、それこそ謂れのないことだとも思う。前者はアヤに言うべきことであり、後者はそもそも誰か一人に責任があることではないのだから。


「彼女のことなら気にしなくていい。優しいんだ。きっと許してくれる……俺の勝手な行いでさえも」


 問題ないことを告げるが、家族のことを思うと無意識に暗い感情が溢れてしまう。

 エルキュールが被りを振ると、グレンは明るい調子でルイスの肩を勢いよく叩いた。


「なっ、言った通りだったろ。ルイス坊ちゃん。エルキュールはこういう奴なんだよ。つまらねえほど論理を重んじる野郎だ」


「あ、ああ。いやボクは別につまらないとは思わんが……。だがそれよりも、ちょっと待て! 坊ちゃんはやめろ! そこまで気を許してはない!」


 その言葉だと、段階を経て親交を育めさえすれば、坊ちゃん呼びでも構わないということになってしまわないか。

 疑問に思うエルキュールだったが、せっかく好転した雰囲気を掻き乱したくない。進んで、沈黙を選ぶ。

 その代わりに今までの調査の過程で手にした情報をグレンらに伝えることにした。


 魔王ベルムントと聖域アートルムダール、そこにいた魔人の存在、デュランダルでの経験。中でもイブリス・シードについて話したときは特に驚愕を露わにしていた。


「……というわけで、俺はこれからもう少し調査を続けようと思う。なにかあれば、事件当時にデュランダルからもらった魔動通信機へ連絡してほしい。ああ、それから――」


 エルキュールは魔動収納機からキールマン総帥から貰ったものを取り出し、魔動機械に驚いている様子のグレンへ持っていく。


「それは?」


「デュランダルの一員であることを表す記章と、俺がさっき使ってみせた魔動機械だ。特別捜査隊の隊員候補に渡せと、総帥から仰せつかった」


 ブラッドフォード邸を訊ねた理由の半分はそれだった。出直そうかとも思ったがこの際なら丁度よい。

 用件を済ましてしまおうと、エルキュールは真面目な顔で告げるが。


「……ク、クク」


 グレンの様子がおかしい。

 エルキュールが首を傾げると、今度は堪えきれないといった風に笑い出した。


「お、お前……! オレを部下にしようってか? 紅炎騎士の名代であるこのオレを!? クク、ハハハハ! やっぱお前は普通じゃねえな、エルキュール!」


 傑作だ、そう言わんばかりに膝を叩きグレンはルイスの肩を抱いて同意を求めた。ルイスは不満そうに眉を顰める。


「いや、そういった上下関係を築きたいのではなく、ただ純粋に協力を――」


「人に頼れとは言ったが、縛られるのは好きじゃねえ。うーん、となると、そうだな」


 話も聞かず考え込むグレン。エルキュールは嫌な予感を覚えた。


「そうだ、確かウチには広めの訓練室があったような……」


「……ああ」


 エルキュールは天を仰いだ。

 次の言葉など聞かなくとも分かる。投げやりに返事したエルキュールに不敵な笑みを返すグレン。

 来た道を引き返し、訓練室へ戻ってゆく。


 こんなつもりではなかった。エルキュールは嘆いたが、本日二度目の仕合はとんとん拍子に始まった。

 今度はなぜかギャラリーも多い。共に来たルイスに、どこからか噂を聞き付けたロザリンとルシアン。執務をしているはずのヴォルフガングにアンドレア、マルコスまで。

 一堂に見守られた仕合がようやく終わると、グレンはにこやかにこう告げた。


「ま、こんなところでいいか。捜査隊の件、受けてやるよ。ちょうど仕事も片がついたし、ロザリン達にも成長の機会を与えてやんねえといけねえし。ってことでだ。よろしくお願いするぜ、エルキュール隊長?」


「……ああ。分かったよ、グレン」


 精神的な疲労を全身に感じながらエルキュールはどうにか頷く。

 騎士の家系というのはどうしてこんなにも血気盛んなものなのか。心の奥底でそう悪態をつきながら。


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