【GL】悪役令嬢も使わない湯沸かしポットのやけどにご用心

Shino★eno

沸いた湯の行方

 友人宅で始めた、定期テストの勉強会。

 当初は四人だったものの、一人は塾へと向かい、もう一人は親からのおつかい命令に駆り出されて、リビングには二人だけ。


「疲れたね、ひと休みしよう。何を飲む?」

 友人がキッチンの戸棚からカゴを引き出す。

 どうやら、その中に纏めているらしい飲料たち。

 なになに?

 コーヒー、紅茶、ルイボスティー、抹茶ミルクにココアも有るよ、ってここは喫茶店かい。

「うーん……同じもので」

「遠慮しないで。もしや、ホットミルクが良き?」

「赤ちゃんじゃあるまいし。ならば、ミルクたっぷりコーヒーでお願い」

「その比率では、バブちゃんと変わらないよ」

 くすくすと、友人の軽やかな笑いが響く。


「何か手伝うよ」

「じゃあ、マグカップを選んで」

 キッチンに入り、食器棚の扉を開く。

 観音開きのお陰でぶつかりそうになる、背中。

 選んだのは、北欧キャラと個性的な配色の水玉。

 しかし、この家、マグカップも豊富。

 核家族のはず、では?

「次から次へと買う人が居るんだよね。『何か飲む度に気分も変わるから良いじゃない?』とか言って。なのに『洗い物が大変』って愚痴るのはどうかと思わない?」

 確かに、一理あるが納得しがたくもある。


 ざばーーー。

 洒落たやかんに満たされていく水。

 ピッ。

 IHの振動とともにここまでの回想も開始。


 しゅーーー。

 広いリビングで向かい合っての勉強会。

 馬鹿話の爆笑からの集中の沈黙。

 チラと視線を上げれば伏せた長い睫毛に釘付け。


 しゅわー、しゅわー。

 同じクラスになって知るところとなる癖。

 悩むと気難し気に口を小さく曲げる。

 くしゃみの前には顔をくしゃっと寄せる。

 飽きると細い指に髪を絡ませる。

 勉強どころじゃないのは目に見えていたこと。


 しゅわ、しゅわ、しゅわ。

「ねぇ、どっちのカップにする?」

「ん? えーっと……水玉で」

「砂糖は入れる?」

「なし、で大丈夫」

「了解」

 茶褐色の粒をしゃらと入れる手元を隣で眺める。

 キッチンここでは作業の度に腕が触れる距離。

 高鳴っていくのはやかんの音だけ?


 ピンポーン。

「宅急便かも、行ってくる」

「沸いたら淹れておく」

「よろしく」

 ぽこ、ぽこ、ぽこ。

 沸き立っていく満ちた水。

 どうにも落ち着かないこの胸の内と同じ。

 でも一旦沸き立てば渦電流も沸騰音も強制終了。

 何事もなかったかのように静寂が訪れる。

 この想いだってそう。

 無かったことにしなきゃいけない。

 友人で居る為には。


 やかんに手を伸ばし湯を注げば、見切りをつけられぬ心を諌めるようにポコッと手に跳ねる。

「うわ、っ……あっつ!」

 何てこったい。

 ヒリヒリするのはもう勘弁して欲しいのに。

「どうした? もしかしてお湯が跳ねた? 見せて見せて。わわ、赤くなってる!」

「大したことないよ」

「ばか、ばか。後から来るの、こういうのは。直ぐに手を出して! ほら、冷やして!」

 掴まれた手首の方こそ冷やしたい。


 ざばー

「いつまで?」

「いつまでも」

 ざばーざばー

「凍える」

「凍えた先にはコーヒーが待っている」

 ざばーざばーざばー

「よかった、水ぶくれは回避したね。痛みは?」

「ヒリヒリと、たまにズキズキ」

「暫くは、湯船の中に入れちゃダメだよ」

「忘れそう」

「こらこら、覚えておくの。念の為に薬を塗ろう」

 軟膏を乗せた指がくるくると円を描く。

 近い、近い、きみとの距離。

 手元から顔をあげればそこにある。

 一歩踏み出せばゼロになる距離。

 当然の如く、踏み込んではいけない距離。

「はい、出来た。では、飲みながら課題を進めるとしよう」

「諸々、ありがとう。ダメ元で聞くけど、手が痛いからついでにやってくれたりとか……」

「するわけないでしょ、甘え禁止!」

 ……デスヨネ。


「今日はいろいろ助かりました」

「いえいえ、こちらこそ。火傷、忘れずに」

「……ダメだ、完璧に抜けてた」

「困ったね。そうだ、ちょっと待ってて」

 パタパタとリビングへ戻ると聞こえる物色音。

 数分経ってその手に携えてきたのは、色とりどりのラッピングタイ。

 無作為に一本を取り出して赤みが残る指に巻く。

「これなら覚えていられるでしょ?」

「確かに、気になって気持ち悪い」

 その言い方は何だよぅ!

 怒れる膨れっ面もまた、魅力的。

「帰り道、気を付けて」

「うん、また明日」


 落ちた陽と夜の帳が混ざる夕間暮れの道を歩く。

 やるせない想いを上回る謎の自惚れに、緩む頰。

 何気に、薬指に巻かれた赤いタイを明星に翳す。

 まるで宝石を頂く指輪みたい。

「よりにもよって、どうしてこの色を選ぶかなぁ。運命に導かれても知らないよ」

 なぁんてね。

 切ない片想いの疾走はまだまだ続く。


 ◆ ◆ ◆


 何故、あの色を選んだのか。

 心の片隅にある僅かな意識がそうさせた。

 それが何なのかは分からない。

 でも。

 あの色じゃないといけない気がしたのは、確か。


 ◇ ◇ ◇


(よし、しょっぺえ話にコピペだ!)

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