020 困った奴の祝福とは

「久しぶりの土井ミキオです! いやぁ! レギュラー出演だと思ったのに初回だけなんて酷いよ高峯さーん!」


「あはは、ごめんなさい。上の人が『これ土井さんいなくてもやっていけるな』って。でも、やっぱりスペシャルの時は土井さんのお力が必要ですね」


「ありがとうございます! 今日の出演料ギヤラで家族と焼き肉を食べに行きますよ、ガハハ!」


 収録は無人島に着いたところから始まった。

 船を下りてすぐの砂浜で、まずは雪穂と土井が話す。

 二人のやり取りは殆ど台本通りだ。


「吉川君もすっかり業界人ぽい顔になりましたねー!」


 土井が話を振ってきた。

 これは台本にないことで、俺は「えっ」と驚く。

 だが、落ち着いて対応することができた。


「土井アナや他の先輩方から色々学ばせていただいておりますので」


 言い終えた後にニッコリ微笑む。

 土井は満足そうに頷いた。


 その後も土井の軽妙なトークが炸裂する。

 他の番組でもしばしば共演しているが、本当に口達者だ。

 台本にないやり取りでも変わらぬ調子で対応する。

 そして、ゲストの紹介が始まった。


「こんにちは、万丈ばんじようです」


 最初に登場したのは俺達の1つ年上、万丈結衣ゆい

 髪は黒のセミロングで、唇は厚みがあって凄い色気だ。


 身長が170cmと高く、スラッとしている。

 1歳差とは思えない大人の雰囲気が漂っていた。


 残念ながら芸能界では伸び悩み中だ。

 作品に恵まれないようで、出演した映画は軒並み爆死していた。

 事務所としては、この番組で幅を広げたい狙いなのだろう。


 雪穂からは「話しやすくていい人」と聞いている。

 収録前に話した印象も、その言葉を裏付けていた。


「よろしくお願いします! 水無月みなづき果歩かほです! 今日も頑張ります!」


 二人目は後輩の水無月果歩。

 腰まで伸ばした青い髪が特徴的な中学生アイドルだ。

 年齢は14歳で、事務所に入ったのは俺と同じくらい。


 こちらは「次の高峯雪穂」と評判の注目株だ。

 元気がよく、カメラの前でも物怖じせず、コメントも完璧。

 ファンに対する姿勢も素晴らしく、プロ意識が非常に高い。

 社長が全力でプッシュしているタレントの一人だ。


 俺だけでなく雪穂も、果歩とは今日が初対面だった。

 収録前に話した印象は「負けず嫌いそう」というもの。

 芸能人は得てして闘争心が強いけれど、彼女は特に強烈そうだった。


「それでは皆さん、ごきげんよう!」


 土井が船で帰っていく。

 雪穂と果歩が「土井さんのサボりー!」と叫ぶ。


 ここからが俺の出番だ。


 ◇


 今回の収録では、いつもと違う点が二つある。


 まず、全員がプライベートのスマホを持っているということ。

 いつもとは違うスポンサーがついているから。

 スペシャル回ならではである。


 ちなみに、スポンサーはスマホのアクセサリー会社だ。

 その為、スマホには最新の防水防塵カバーが装着させられた。

 また、リュックには海でも使用可能なモバイルバッテリーが入っている。


 もう一つの違いは相方が結衣ということ。

 スペシャル回らしく俺と雪穂は別々に行動する。


 俺は結衣と森へ入り、雪穂は果歩と海に潜る決まりだ。

 日暮れに拠点の一つである洞窟で合流して、皆でサバイバルメシを食う。

 基本的には自由だがこの点だけは守ってほしい、と指示を受けていた。


 そんなわけで、今は結衣と二人で森の中を歩いている。

 拠点に使う洞窟を目指していた。


「万丈さん、足下は大丈夫ですか?」


「大丈夫よ。それと、私のことは『結衣』って呼んでくれると嬉しいな」


「あ、すみません、結衣さん」


 芸能人の呼び方は人によって決まっている。

 原則として、結衣や果歩のことは名前で呼ぶ必要があった

 もちろん、カメラが回っていない時は気にしなくていい。


「テレビで観ていた時から思ったけど、道に迷わないの?」


 結衣が後ろから言う。


「俺は迷わないですね。この辺は把握しているので」


「すごいなぁ。私には同じ場所かどうかも分からないよ」


「仕方ありませんよ。初めてこの島に来たんですから」


 俺は足を止めて振り返る。

 手に持っているカメラで結衣の顔を映した。


「どうかしたの?」


「いえ、森ばかり撮っているのもどうかと思いまして」


 結衣が「あはは」と口に手を当てて笑う。

 雪穂もそうだが、笑い方がお淑やかで上品だ。

 歩き方も一般人とは何かが違う。


「でも、恥ずかしいな。今はジャージだから」


「すぐに慣れますよ」


「慣れたくないなぁ」


 いよいよ洞窟が見えてきた。

 崖下にある洞窟で、入口の幅は約一車線しかなくて狭い。

 だが、中の幅は三車線相当であり、奥行きも十分だった。

 天井が高いのも嬉しい。


 この洞窟は、去年の11月半ばにおこなった収録でゲットしたもの。

 放送されたのはその1ヶ月後となる12月中旬だったと記憶している。


 ここには元々コウモリの巣があった。

 それを俺と雪穂がひぃひぃ言いながら強奪した。

 コウモリは菌が多くて危険なので防護服を着て挑んだ。


「あ! この洞窟!」


「知っているんですか?」


「放送で観たよー! 燻煙でコウモリを追い出してたでしょ?」


「そうですそうです。いやぁ、あの時は大変でしたよ」


「すごいパニくってたよね。私、テレビで観ててゲラゲラ笑ったもん」


 そんな洞窟も今では綺麗なものだ。

 床に散乱していた糞も綺麗に掃除してある。


 もちろん、そういった作業も俺と雪穂の仕事だ。

 スポンサーの洗剤と自作のブラシでゴシゴシしてやった。

 番組で使ったことによって、その洗剤は売上が2倍になったそうだ。


「たしかこの奥に備蓄の食料が……あったあった」


 洞窟の奥には干し肉やら干物が綺麗に並んでいた。

 前回の収録で作ったものだ。

 他にも土器や石斧といった縄文人セットが揃っている。


「たくさんあるね。これを4人で平らげちゃうの?」


「この量は流石に食べきれませんよ。雪穂が張り切りすぎました」


「高峯さんらしいわね」


 普段ならここからすぐに次の行動をするのだが……。


「結衣さん、少し休憩しましょうか」


「え?」


「今回はいつもよりリュックがパンパンで疲れました」


 もちろん嘘だ。

 たしかにリュックはパンパンだが、いつもより身軽である。

 銛や石斧といった武器を装備していないからだ。

 土器だって持っていないし。


 休憩を提案したのは相方が結衣だからだ。

 雪穂と違って島に慣れていないので無理はできない。


「吉川君がそう言うなら」


 俺達は洞窟に入ってすぐのところで腰を下ろした。

 結衣は壁にもたれかかり、「ふぅ」と息を吐く。

 俺は彼女の数メートル前方であぐらをかいた。

 まだ昼だというのに、洞窟内は薄暗い。


「ありがとうね、吉川君」


「何がですか?」


「私に気を遣って休憩しよって言ってくれたんでしょ?」


「いやぁ……バレました?」


 素直に認める。


 結衣は「ふふ」と笑い、右の人差し指を喉に当てる。

 扁桃腺の辺りをさりげなく撫でた。


(サインだ!)


 収録前に結衣から頼まれていた。

 サインがあったら唇をズームで撮影してくれ、と。

 俺はハンディカメラの操作し、結衣の唇しか映らないようにする。


「そういう気配りに女の子は弱いんだよね。キュンときちゃう……」


 プルンプルンの唇がエロティックな動きをする。

 妙に艶めかしい言い方に思えた。

 言い終えた後に垣間見える舌先も情欲をそそった。


 結衣が再び扁桃腺に触れる。

 ズーム終了、というサインだ。


「吉川君のおかげで回復したわ。次はどうする?」


「そうですね、とりあえず近くの川で飲料水を調達しましょう」


 俺はリュックから2Lのペットボトルを取り出した。

 中は空で、底面が切断されている。


濾過ろか装置!」と結衣。


「正解です!」


 洞窟に備蓄してある木炭を持つ。

 ペットボトルに木炭や小石を詰めて濾過装置にする。

 小学生が自由研究でよく作る物だ。


「では行きましょう」


「楽しみー!」


 俺と結衣はバケツサイズの土器を持ち、洞窟を出た。


 ◇


 川の水を汲み、ペットボトル濾過装置に通す。

 濾過した水が土器バケツに蓄えられていく。

 バケツがいっぱいになると洞窟へ戻り、別のバケツに交換する。


 この地味な作業を、雑談しながらひたすら繰り返した。

 日暮れが近づいてきた頃には、結構な量の飲み水が用意できた。


「このくらいでいいでしょう」


 作業を終えた俺達は洞窟で休憩することにした。

 汗によって体がベトついている。

 何度経験しても不快な感覚だ。


「そろそろかな」


 そう呟いたまさにその時だった。


 ピロン♪


 雪穂からラインのメッセージが届いた。

 魚を持って今から洞窟へ向かう、とのこと。


「こっちに来るみたいなので焚き火の準備をしておきますか」


「火熾しね。私もやってみたかったの、棒を使うやつ」


「きりもみ式ですね。難しいですよ。挑戦してみますか?」


「うん。軍手もあるから安心してね」


 待っている間、結衣に火熾しを教える。


「ぐっ……難しいわね……」


 案の定、結衣は苦戦していた。

 雪穂とは違い、1時間後も変わりないだろう。

 それが普通だった。


「駄目。吉川君、やっぱりお願いしていい?」


「任せて下さい」


 サクッと火を熾す。

 結衣が「おー」と感心して拍手する。


 その時、困った奴まで祝ってきやがった。

 パラパラから始まり、すぐにザーザーへ変わる。

 いつまでも鳴り止まない拍手をするクソ野郎。


 ――雨だ。

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