第二章 今日もいい天気

019 スペシャルの下準備とは

 俺と雪穂の無人島開拓番組『極限リアルガチ! 恐怖の無人島生活!』の初回放送日から約1年2ヶ月が経過した。

 その間、収録ペースは安定して月1~2回を維持していた。


 収録方法はいつも同じだ。

 俺と雪穂は撮れ高のことなど考えずに無人島で過ごす。

 翌日が暇な場合は無人島で一夜を明かし、そうでない場合は日帰りだ。


 しかし、今回は異なっていた。

 今日から明日にかけての収録が終わると、二日の休みを挟む。

 それからまた収録だ。


 驚くほどハードなスケジュールだが、これには理由がある。

 次回は3時間の拡大スペシャルで、2人の女性がゲスト出演するのだ。

 どちらも俺達と同じ事務所に所属している。

 俗に言う〈バーター〉だ。


「これだけあれば足りるかな?」


「足りるどころか作り過ぎな気がするけど」


「だって楽しいんだもん! それに結衣ゆいさんと果歩かほちゃんも色々食べたいと思うだろうし!」


「一理ある」


 俺達は今、海辺で必死になって保存食を作っている。

 干し肉、干物、干しいい、果てにはドライフルーツまで。


 竹を加工して天日干し用のザルを作るのが俺の仕事。

 そのザルにスライスした食材を載せるのが雪穂の仕事だ。


 食材は、魚と果物は島で調達し、肉と米はスーパーで買った。

 もちろんスーパーでの買い物風景も番組で使われる。

 食材を買うことは滅多にないのだが、今回は特別だ。


「先に言っておくけど、俺に触る前に手を洗ってくれよな? 入念に」


「なんでー?」


 ニヤニヤしながら手のひらをこちらに向ける雪穂。

 離れているのに魚の臭いがぷーんと漂ってきた。

 まるで魚市場にいるかのようだ。


「自分で分かってるだろ、くっせぇぞ!」


「そんなことないけどなぁ?」


「まぁ雪穂は普段から臭いもんなぁ」


「酷ッ! 昔の大吉君はそんなこと言わなかったのに……!」


「昔の雪穂はニヤニヤしながら魚臭い手を向けてこなかったからな」


「ぐっ……ああ言えばこう言う……!」


 俺は「ふふふ」と笑いつつ、立ち上がって雪穂に近づいた。


「これでザルは最後だ。残りは俺が引き継ぐよ」


「了解! 私はどうすればいいかな?」


 と言いつつ、雪穂はちらちら地面を見ている。

 手作りの銛が置いてあった。


 俺がホームセンターにある材料で作ったものだ。

 わざわざ作るのは視聴率すうじに対する配慮から。

 完成品を買うと悲しまれるが、買った材料で自作するとウケる。


「海に潜って好きなだけ魚を突いてきていいぞ」


「流石は大吉君、よく分かってる!」


 雪穂は海に潜るのが大好きだ。

 銛で魚を突いては「やったどー!」と叫んでいる。


 彼女の素潜りは番組でも屈指の人気シーンだ。

 なぜなら雪穂は、この番組でしか水着姿にならないから。

 アイドル時代はキスシーンどころか水着姿すらNGだった。


(お、サービスシーンだ!)


 雪穂がジャージを脱ぎ始める。

 俺はハンディカメラを持ち、ピントを彼女に合わせた。


「ざんねーん、もう着ているんですよー! むふふぅ!」


 ジャージの下は水着だった。

 可愛らしい白のビキニで、露出度は普通という他ないレベル。

 日焼けを知らない肌と白銀の髪によく合っていた。


「脱いでいるところがいいんじゃないか」


「そうなの? 下着じゃなくて水着でもいいんだ?」


「うむ」


「だったら脱ぎまくっちゃう!」


 雪穂はジャージの着脱を繰り返し始めた。

 どうやら脱いでいるところをたくさん撮らせたいらしい。

 視聴者を喜ばせる為だと思うが、発想がズレていた。


「それは違うと思うし、脱ぎまくっちゃうって発言も危ういぞ……」


「あれま」


 雪穂は銛を拾い、その横のリュックに手を伸ばす。

 ゴーグルを取り出して装着した。


「ではでは、高峯雪穂、行って参ります!」


 何故か敬礼してくる。

 何をしても可愛いなぁ、と思いつつ俺も敬礼した。


「頑張って下さい! 高峯少佐!」


「イエッサー!」


 雪穂は「うりゃー!」と海に向かって走り出した。


「あ、待て! アクションカメラを忘れてるぞ!」


 俺の声は届かなかった。


「プロ意識は高いのに抜けてる所があるんだよなぁ」


 俺は「やれやれ」と苦笑いで後を追った。


 ◇


 食材の天日干しが完了したらスタッフを呼ぶ。

 撮影はまだまだ続くが、先に知らせておくことがあった。


「ここで作っている干し肉やらですが、完成は明後日の昼になります」


「完成後はどちらに運べばいいでしょうか?」


「洞窟でお願いします」


「分かりました」


 干し肉が出来上がった時、俺達はこの島にいない。

 だから、拠点まで運んでおいてもらう必要があった。


「大吉君、スタッフさんとのやり取りが様になってきたねー!」


 雪穂はハンディカメラを俺に向けながら笑っている。

 スタッフとのやり取りもしっかり番組に使われるのだ。

 流石は『極限リアルガチ! 恐怖の無人島生活!』である。


「それでは失礼します」


 指示が終わると、スタッフが離れていく。

 視界から消えたのを確認したら再開だ。


「そろそろ拠点に戻ってメシにするか。今日の晩ご飯は魚だけで十分だよな?」


「だねー! それで、どこの拠点に行くの?」


「ここからだと……竪穴式住居になるかな」


 雪穂が「オッケー」と頷く。


「じゃあさ、道中の川で水浴びしていい? 海に潜ったから体がベトベト!」


「同感だ。カメラを付け忘れた間抜けを追いかけて俺もベトベトだからな」


「間抜けって言うなー!」


「だって事実だしなぁ」


「むぅ! 大吉君がヘマした時にいっぱいからかってやる!」


「楽しみにしているぜ」


 俺達は土器の容器に捌いた魚を入れて移動する。

 予定通り川で水浴びをした後、拠点で食事した。


 翌日も問題なく過ごし、収録が無事に終了する。

 本土に戻ったら検査を行い、異常が見当たらなかったので打ち上げだ。


 それからオフを挟み、スペシャル回の収録日がやってきた。

 この収録も特に問題なく終わる――はずだった。

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