第14話 覚悟

 マーナガルムが放った言葉を、豪は暫く理解出来なかった。



(殺す?誰を?なんで?試験?)



 豪には、マーナガルムの言っている事を飲み込む事が出来なかった。半年の間修行に付き合ってもらい、色んな事を話したりした少女。その少女と戦い、殺すのがこの迷宮から出る為の試練だと理解はしたが、納得する事は断じて出来なかった。



「その様子だと、やはり覚悟が鈍った様だな。王よ、王がこの迷宮で修行したのは何の為だ?その娘と仲良くする為か?この迷宮で幸せに暮らす為か?」


(何の為?修行?)


「はぁ・・・半年も放っておいた我も悪いが、王も悪いぞ。貴様にとって、本当に大切な物はなんだ?」



 豪は考える。大切な物は言うまでもない。慶介を探す為にここで修行をし、この世界で生き残る為の知恵を蓄えた。


 しかし、それとこれとは話は別だ。この少女も、自分にとって大切な存在になりつつある。話すうちにお互いに心を開くようになり、本音で語り合える様になった、日本を含めても数少ない存在だ。



「・・・そ、それ以外の方法は無いのかよ!?お、俺にこいつを殺せって?試験だからって、そんなことする必要は無いだろ!?」



 豪は必死に他の方法を模索しつつ、マーナガルムに考えを改めさせようとする。しかし、少し考えたくらいでは何も思いつかない。それどころか、マーナガルムからは聞きたくない言葉が飛んでくる。



「駄目だ。他の方法は無いし、あったとしても許さん。まあ、急に言っても混乱するだろうからな。今日はもう修行はしなくていい。明日までに体力を回復させ、覚悟を決めておけ。」



 そう言って、マーナガルムは森に消えていった。



「お、おい!待てよ!」



 そう叫んだ頃には、もうマーナガルムは消えていた。







 マーナガルムが去った後、豪は少女になんと話しかければ良いか迷っていた。


 明日殺す事になるかもしれない相手だ。なんと話しかけても、喧嘩になる気しか起きなかった。



(どうすれば・・・他の試験方法は駄目。マナちゃんを倒して逃げようにも、あいつは臨点だから俺が勝てるとも思えない。かと言って、こいつを殺す?そんな事はしたくない。なんでこんな辛い事・・・)


「ねぇ、迷ってるの?」



 ふと気が付くと、少女が豪の顔を覗き込んでいた。とても殺されるかもしれない人間のする表情とは思えない顔で。



「お前は・・・なんとも思わないのか?」


「ん?」


「明日、俺が殺せと言われた相手だぞ?怖くなったり、しないのか?」


「あぁ〜・・・ふふっ。」



 ふと、少女が豪の顔を見ながら笑いだした。自分が死ぬ事を何とも思ってない表情で。



「な、なんだよ?」


「いや、別に。君はさ、本当に私の事を大切に思ってくれてたんだね。」


「そ、そりゃそうだ!半年も一緒に暮らしたんだぞ?大切に思うに決まってる!」


「前さ、話してくれたよね。日本から来た事。」


「あ、ああ。」



 色んな事を話す過程で、豪は別の世界から来た事を少女に教えていた。元々人間だった事や、前の世界の暮らし等を教えて、それを聞いて楽しそうな顔をする少女を見て、とても嬉しい気持ちになれたからだ。



「前の世界の、慶介?って人?君は、その人を私に重ねてるんだよね?」


「・・・うん。」



 痛い所を突かれたが、自覚していた事だった。自分は慶介に依存している。そして、その慶介を少女に重ね、少女にも依存しそうになっている。


 情けない限りだが、そうなっているのは事実だった。


 そして、少女は話を続ける。



「慶介、探したいんでしょ?」


「ああ。それは本当だ。」


「じゃあ、迷う必要無いでしょ?」


(は?)


「い、いやいやいや。お前は良いのかよ?」



 先程から疑問に思っていた。この少女は、余りにも自分の死に対して認識が甘い。今の言葉も、まるで「死んでも構わない」と言っているような感じだった。



「死ぬかも知れないんだぞ!?そんなに死ぬのが好きなのかよ!?」



 この半年、少女から死にたがりの様な性格は感じなかった。価値観は違えど、地球人と変わらない心を持っていると感じていた。



「勿論死にたくないよ。でもね、私は死刑囚なの。このまま外で暮らしても行く宛てが無い。君は良いかも知れないけど、私は魔人の国じゃ暮らせないし、人間の国なんて論外よ。」


「そ、そんな・・・いや、明日!戦う振りをして逃げれば良いんじゃないか!戦う時なら技も使えるだろうし、お前強いじゃん!行けるって!」


「駄目だよ。君はあの臨点に心を読まれてるから作戦は通じない。君が覚悟を決めるまで戦わせてはくれない。私は大丈夫よ、死ぬ覚悟は出来てる。後は君が覚悟を決めるだけ。」


「か、覚悟なんて・・・」



 豪はどうしても覚悟出来ない。無理を通してでも、少女と一緒に慶介を探したかった。そして慶介を見つけた暁には、三人で旅をする事もこの半年で夢に見ていた。


 立派な大義も無く人を殺すなど、とても豪に出来る事では無かった。


 豪が混乱していると、少女が自分を抱きしめてきた。豪の耳元で、少女が囁く。



「私にとっても、君は大切な存在だよ。それは事実。そんな人を殺せだなんて言われて、混乱するのは分かる。痛い程分かる。」



 少女の声は、豪の混乱している心を癒してくれるかのようだった。



「だから、まずは、慶介を探し出して。そしたら、世界龍に会って、私を蘇らせて?」



 世界龍は"望んだ事象を起こせる"。つまり、人を甦らせる事も可能だと気付いた豪は、それしか無いと考える。



「世界龍は普通に探しても見付からないけど・・・君なら大丈夫よ。きっと、探し出せる。」



 その言葉を聞いた豪は、少女を抱き返して、言葉を返す。



「ああ、約束しよう。俺は必ず、ここから出て、世界龍を探し出す!」



 豪は、覚悟を決めた。

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