第6話 魔人が去った後の街

 ジェラールが去った後の冒険者ギルドにて。



「リーダー!あの魔人は!?」


「すまん。逃がした…お前らも協力してくれたのに、申し訳ない。」



 そう言って、リーダーとよばれた男、『ファルファ・ホルス』は目の前の冒険者たちに頭を下げる。それを見た冒険者たちは、慌ててファルファを慰める。



「い、いえ!リーダーのせいではありません!私たちもあの魔人に追いつけなかったし、それに、あの魔人はどこか特殊でした!逃げられても仕方ありません!」


「そ、その通りです!リーダーのせいではありません!」



 まわりの冒険者たちもその言葉に賛同する。それを聞いたファルファは、安堵したように頭を上げる。



「そうか…そうだな。皆、ありがとう。」


 そして、ギルドの受付嬢がギルドの中から走ってきて、一部の冒険者とファルファに声をかける。



「これから会議を行いますので、二階の大広間に集まってください。議題は追ってお伝えします。」



 それを聞いて、ファルファは二階に行く。








「ではこれより緊急会議を始めます。議題は、先程現れた魔人についてです。」



 その受付嬢の言葉を聞いて、会議室にいる四人の冒険者たちは気を引き締める。


 ここに集められた冒険者は、この町にいる冒険者の中でも、特に優秀な能力値を持ち、経験も豊富なベテラン冒険者である。ギルドでは、何か異常が発生したときに会議を開き、その異常について話し合うことが義務付けられている。


 その会議での参加冒険者は受付嬢の自由だが、基本的にベテラン冒険者を会議に参加させることが普通である。



「魔人っつっても、現れたのは下級なんだろ?下級なら平均的な強さの冒険者でも倒せるんだから、そのうちどっかで死ぬんじゃねぇか?」



 そう気だるそうに言ったのは、『レンファ』。二十年前に冒険者になって今日にいたるまで、最も多くの魔人を倒してきた男である。


 その功績は冒険者ギルド総本山でも認められており、この町では最も地位の高いファルファの次の次に地位が高い。



「レンファ…あなた、あの魔人が強化魔法を使ったのが見えなかったの?そんな魔人が、ただの魔人なわけないじゃない。」



 そうレンファに言い返した女は、『ラビン』。体術のエキスパートで、体術だけで大半の冒険者を倒すことができる、武技を使うことに特化した冒険者である。


 戦闘能力だけなら、冒険者ギルド総本山でも五本の指に入る。ちなみに、この町ではファルファに次に地位が高い。



「ああ、そういや使ってたな。でも、能力値は普通の下級魔人よりもはるかに下だぞ?例え、強化魔法を使ったとしてもただの雑魚だろ?」


「いいえ、魔人の強化魔法は、他の種族とは比べ物にならないほど強力よ。他の種族なら別にいいけど、強化系統の技を使える魔人は警戒しなければならないわ。」


「…あの~、少しいいですか?」



 そう声を上げたのは、一見おとなしそうな印象を受ける見た目をして、首にマフラー巻いている女である。


 名前は『ミラ』。レンファと同様、魔人をたくさん殺している冒険者であり、冒険者ギルド総本山でも数人しか使えない、『剣技』を使う冒険者である。


 剣技は、技の序列の中でもかなり高い所に位置しており、技の一つ一つの習得がとても困難で、生涯を賭けて一つ習得できるかどうかのレベルである。しかし、ミラはその常識を覆し、冒険者になってから十数年で五つの剣技を習得している。


 今では、その剣技を教えてもらおうと様々な冒険者が来るが、その全員が習得できずに錯綜している。



「なに?ミラ。気づいたことでもあるの?」


 そうラビンが話すのを催促すると、ミラが話し出す。


「前に本で読んだんですけど、百年前に現れた『変革者』の中に魔人がいたと思うんですが、その魔人が『勝てない』と断言していた魔人の姿形が、あの魔人にそっくりなんですが…」



 変革者、それは、人間の国、「アストール」、魔人の国、「ラブニル」の両国で、百年前、五十年にもわたる戦争で疲弊していたからか、戦争の切り札として両国が召喚した強力な助っ人である。


 変革者が現れてから両国の戦力がとてつもなく増し、お互いの変革者によってさらに甚大な被害を受けたことによって、七十年前から冷戦状態になっていることは、今では周知の事実である。


 変革者の力は様々であり、単純に戦闘能力が高いか、この世界の人間では知り得ない様々な情報を持っていたり、指揮能力が高かったりと、その誰もが破格の能力を持っている。



「…え?本当に?どんな姿だって書いてたの?」


「えーっとですね…髪は赤と黒の『めっしゅ』ってやつで、身長はギルドの扉の三分の二…まあ、リーダーの二分の一ぐらいですね。で、体格は結構鍛えてる感じの細身で、目は赤と黒の『おっどあい』ってやつですね。」



 そこでファルファが口をはさむ。



「『めっしゅ』はよく分からないが、『おっどあい』は目の色が左右で違う、って感じだったか…概ね私が正面から見た姿にそっくりだ。」



「…え?じゃああの魔人も変革者なの?あの強さで?」


「おいおい…変革者には会ったことないけどよ、奴らってあんなに雑魚いのか?」


「ファルファさんはラブニルの変革者と戦ったことがあるんですよね?どうなんですか?」



 その言葉を聞いて、ファルファは変革者について語りだす。



「いや、私の見た変革者は、相当強かった。強さ的に表すと、上級魔人が五人いても勝てないレベルだろう。少なくとも、あの魔人よりは確実に強い。正直、なんで今生きてるかわからないレベルだ。」



 それを聞いたラビンが安心したように口を開く。



「じゃあ、あの魔人が変革者ってことはないんじゃない?単に似てる魔人がいただけよ。変革者の言葉で、『世界には自分に似ている人が三人いる』ってのがあるし。偶然よ偶然。」


「ならいいですけど…ラブニルの変革者が一人でも増えたら大問題ですからね。」


「話を戻しますよ、皆様。結局、あの魔人はここにいる誰も見たことないという事でよろしいですか?」



 四人は様々な魔人に会ってきた。そして何人も魔人を殺し、その中で何人も魔人を逃がしてきた。

 この世界の人間は物事を「忘れる」事がない。一度起こった出来事、経験の全てを覚えているため、四人が自分の記憶を疑う事は無かった。



「今まで逃がした魔人の中にも、殺した魔人の中にも、あんな魔人は存在しない。ほかの三人もそうだろう?」


「そうね。ミラの話だと、変革者の語る知識の中に似た魔人が居たようだけど、あの強さではその魔人と同一人物だとは考えにくいわね。」



 ラビンの言葉に、ミラとレンファも同意を示す。しかし、そう結論付けたことであの魔人に関する手掛かりが一切無くなってしまった事に、四人は深い責任を感じていた。



(魔人は殺さねば…しかし、手掛かりが一切無いとなると、一度逃げた魔人を殺すのは困難を極める。何かいい方法は無いのだろうか…)



 暫く四人が考え込んでいると、受付嬢が口を開いた。



「ほかに意見はないようですので、一旦、会議を終了いたします。この会議の内容は冒険者ギルド総本山に送りますが、異議はないでしょうか?」


「「「「異議なし」」」」


「では解散していただいて構いません。解散した後はあの魔人に関する情報を出来るだけ多く収集してください。お疲れさまでした。」



 その受付嬢の言葉を最後に、大広間からファルファ以外の三人が出ていく。


 部屋に残ったファルファは、窓の外を眺めながら、言葉を漏らす。



「能力値が大幅に劣る、変革者に似た流れ人…私の予想が正しければ、あの魔人は……」



 ファルファは、昔のことを思い出しながら、これから再開されるであろう戦争について考えていた。






 大広間から出て受付に降りてきたファルファは、冒険者たちから質問攻めにあっていた。



「リーダー!あの魔人について会議してたんですよね?正体は分かりましたか?」



 その質問に対して、ファルファは仕方なく答える。



「はあ…あの魔人についてはまだ結論は出ていない。情報収集をしてから、また会議をするつもりだ。」


 その質問に答えた後も、さらに多くの質問が飛ぶ。



「あの魔人は何で急に消えたんですか!?」


「リーダーは上級魔人にも勝ったことがあるんですよね?なんであの雑魚魔人を殺せなかったんですか?」


「そもそもなんで魔人が街に入って来てたんですか?」


「あの強化消去の使い方を教えて下さい!」



 その冒険者たちにすぐそこにいた受付嬢が声をかける。


「皆さん、総本山でも高い地位に位置するファルファさんに迷惑をかけるのなら、ギルドから永久追放しますよ。」



 それを聞いて驚いた冒険者たちが言葉を返す。



「い、いやいやいや!さすがに永久追放はやりすぎでしょ!」


「いいえ、そんなことはありません。今は冷戦状態とはいえ、戦争中です。その戦争の中で特に優秀な戦績を残しているファルファさんに迷惑をかけて、ギルドから脱退させようものなら、民衆からはもちろん、宮殿から総本山へ送られている、ギルドの運営資金も途絶えて、ギルドはすぐに失墜するでしょう。これは冗談ではありません。それほどファルファさんの存在は大切なものなのです。」



 それを聞いて、冒険者たちは反省したようにファルファの周りから離れていく。



「ファルファさん…すいませんでした。あなたの迷惑も考えず詰め寄ってしまって…」



 ファルファは微笑みながら言葉を返す。



「構わないさ。町に魔人が現れたんだ。気になることが沢山あるのも無理はない。だが、俺は高い地位にいる分、仕事も多い。だから、質問するなら忙しくないときにしてほしいな。」



 それを聞いて、どうやら怒って無かったようだと、冒険者たちは安心する。



「ありがとうございます!じゃあ、俺たちはこれで。」



 ギルドから去っていく冒険者たちに、ファルファは手を振ってこたえる。



「あの魔人を見かけたら、俺に報告してくれよー!」


「はい!わかりました!」



 その言葉を最後に、ギルドを出ようとした冒険者たちは体が吹き飛んだ。


 吹っ飛ばされた先で、冒険者達は体が液状に変わっていた。



「きゃあああああああああああああああああああああああああああ!!」



 その悲鳴を聞いて、先程一緒に会議していたレンファたちが駆けつけてくる。



「なんだ!なにがあった!」


「なになになに!?また魔人が…って、これは…」


「誰がこんなことを…」



 レンファたちは、ドロドロの液状になっている冒険者たちを見て、周りに敵がいないか確認する。

 すると、ギルドの扉の向こうから一人の青髪の少年が入ってくる。



「ったく…あの野郎…何の対策もせず人間の町に来てやがったのか…裏路地にでも連れ込んで対策させればよかったぜ…」



 その少年の雰囲気から、只者ではないと察した四人は身構える。



「何者だてめぇ!ただの人間じゃないな!?正体を現しやがれ!」


「はあ…まだ人間に正体を現すわけにはいかなかったのに…まあ、平和に暮らしてる同族が狙われそうになってんだ。助けねぇわけにはいかねぇよな。」



 独り言を呟いている少年に対して、レンファが先制攻撃を仕掛ける。



「無視してんじゃねえぞ!」



 この世界もそうだが、エイオンでの攻撃手段は基本的に素手である。手に魔の強化や武の強化を施し、功魔や功武を使って敵を翻弄しつつ、物理で殴る、というのが基本だった。最も、剣技を習得してる場合はその限りではない。


 レンファは、一瞬で手に魔の強化の一つである攻撃力強化【大】を施し、少年の胴体を殴ろうとする。しかし、その手が少年の胴体に触れる直前、レンファの体が十mほど飛ばされ、壁に激突する。


 壁に激突したものの、激突する直前で受け身をとっていたためダメージはほぼ無いようだ。


 体勢を整えたレンファは、ファルファたち三人に注意喚起をする。



「気を付けろお前ら!こいつ、上級魔人だ!」


「あんたが吹っ飛ばされてるのを見ればいやでも分かるわよ!大丈夫!?」


「ああ、なんとか無傷だ。」


「そう、ならよかった。リーダー!あいつは…あの魔人はどんな強化を使ってるの!」



 ファルファは強化消去を使える。この技は習得する過程で、相手の使っている強化技を察知できるようになる必要がある。そのため、ファルファは相手が使っている強化を察知でき、その種類も把握する事が出来る。


 そして、魔人の強化効果を調べたファルファの表情が驚愕に染まる。



「あ、ありえない…こ、こんなことが…」


「どうしたんだリーダー!あいつの強化効果は一体何なんだ!」



 そしてファルファが驚きつつも口を開く。



「轟破魔人…【究極】…」


「「「なっ!?」」」



 そして、ファルファたちの反応を見た魔人は真剣な顔をして、ファルファたちに向き直る。



「さあ…オレの非力な同族のために、てめぇらにはここで死んでもらうぜ。」



 

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