フィクション・アルマージ



20時14分。自動ドアを潜った瞬間に纏わりつく毒々しいほど甘やかな匂いが馴染んだ空気を目頭に滲ませて、今日は暑いから、なんておかしな言い訳と共にいつもより良い部屋を取った。

どうせ飲み干すのだからとたっぷりめに注いだセルフサービスの烏龍を片方渡し、慣れていないふりをしてエレベーターのボタンを押す。珍しく下ろした髪が気に入ったようで、さっきから何度か首の後ろを梳かれている。かすかに触れる肌がぴりぴりと焼けるような感覚。後頭部に響いて落ち着かないのを分からないはずは無いから、きっとわざとなんだろう。従順なエレベーターが扉を開いて、乗り込んだ私たちは3階へ向かうように指示を出した。

箱が開けた口をゆっくり閉じた後に、向かい合ってぴったりと寄る。少し見上げた瞳に余裕はなくて、それが愛おしくて頬を撫でた。上から物を言ったようだけれど、結局は私も同じだ。落ちてきた唇は決して深くはなくて、微かで優しい吐息混じり。それでも、肩が跳ねて足先が震えるのだから。

二度三度繰り返したくらいで、止まった箱の扉が開いた。ほんのり覚束なくなった足で少し奥にある目的の部屋へ向かう。繋いだままの手に不定期的に力が籠るのがたまらなくて、やおら瞼を瞬かせた。

重めの扉を開くと頭の上を通り過ぎるように電子音声が流れて、でもそれを気にするほどの余裕ももうなくて、追われるように鍵をした。それからは、



あぁ、駄目ですよ、お兄さん。

覗き見なんて、趣味の悪い人。


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