第69話 月明かりに照らされて

 一時間後、公爵家の城にて――


「オーギュストが七魔族の魂を取り込み暴走した、か。まさかそのようなことが……」


 ティオたちから報告を受け、神妙な面持ちになるナツイロ公爵。

 オーギュストの本質を見抜けず、かえってティオたちに迷惑をかけてしまったことに多大な責任を感じてしまっているようだ。


「ご安心ください、公爵様。オーギュストは倒せましたし、何よりダリア様を七魔族の魂から解放することができました。今はそれを喜びましょう」

「ティオ殿……感謝する。なんと礼をすればよいやら……」


 深く頭を下げるナツイロ公爵。

 そしてイライザ夫人も「ティオさん、本当にありがとう」と涙を浮かべながら同じく頭を下げてしまう。


「ティオ殿、私からも改めてお礼を。本当にありがとうございます」


 憑き物が取れたかのような穏やかな表情で、ダリアも感謝の言葉を紡ぐのだった。


 ◆


 その日の夜――


「ふぅ、この国に来て数日、本当にいろいろなことがあったな……」


 そんなふうにひとりごとを言いながら、城のテラスから都市を見下ろすティオ。

 今日は公爵家の城に泊まることになり、アイリスたちはすでに眠りについている。

 遠くに見える海が月明かりに照らされ、なんとも幻想的な景色を堪能している……そんな時だった――


「ティオ殿……?」


 ティオの耳に、そんな声が聞こえてきた。

 声のする方――テラスの先を見ると、そこにはダリアが立っていた。


「ダ、ダリア様……っ!?」


 少々緊張した声で返すティオ。

 無理もなかろう。何せ、ダリアが扇情的なネグリジェを着ていたのだから。


「ティオ殿も夜の風に当たりにきたのですか?」


 そう言いながらティオの方へと近づいてくるダリア。

 ティオたちの客室と他の部屋からこのテラスは繋がっている。

 どうやら彼女も夜の風に当たるために外に出たところ、ティオの姿を見つけたようだ。


 ティオの隣にくると、一緒に遠くを見つめるダリア。

 そんな彼女の言葉を肯定しつつ、ティオは問いかける。


「……ダリア様、あれから体に異常はありませんか?」


「ええ、七魔族の魂はすっかり抜けたようで、快調そのものです。これもティオ殿のおかげですね」


 ティオの言葉に、微笑を浮かべながら答えるダリア。

 月明かりに照らされた彼女の笑顔があまりにも美しくて、ティオは思わず見惚れてしまう。


「ティオ殿……」


 ティオの名を呼びながら、その手を両手で握ってくるダリア。

 思いもよらぬ彼女の行動に、ティオは「ダリア様……?」と不思議そうな表情を浮かべる。

 そんなティオに、ダリアは――


「ティオ殿、あなたのことが愛おしい。私と……私と結婚してくれませんか?」


 と、頬を真っ赤に染めながらそんな言葉を紡ぐ。


(……ケッコン……けっこん…………結婚!?)


 ダリアの口にした言葉を頭の中で反復することで、ようやくその意味を理解し、目を見開くティオ。

 彼の反応に苦笑しながら、ダリアは言葉を続ける。


「前にお父様がティオ殿を婿養子にと言っていたのを覚えていますか?」

「え、ええ。覚えています」


 昨日のことだ。もちろんティオもそれは覚えている。

 もっとも、それはナツイロ公爵が茶目っ気を出して言った言葉……くらいに捉えていたわけだが。


「あの時、私は戸惑って何も言えませんでしたが、今ならハッキリ言える。私を七魔族の呪縛から解き放ってくれたティオ殿だからこそ、一生を添い遂げたい。一生をかけて尽くさせてほしいです」


 潤んだ瞳で、真っ直ぐティオを見つめてくるダリア。

 その表情を見て、彼女は本気なのだとティオは理解できてしまう。


「ダリア様……その……」


 何と答えればいいかわからず、口籠もってしまうティオ。


 そんな彼の肩に、ダリアが両手をかける。

 そのまま顔を近づけ、唇と唇が触れ合いそうな距離まで近づく――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る