第55話 公国のお姫様

「公女様……お美しいな……」


「ああ、それに気品に溢れている……」


 彼女が控え室から出ていった直後、運営のスタッフがそんなやり取りを交わしている。


(こうじょ……? どういうことだろう?)


 スタッフの言葉が気になり、ティオは尋ねてみる。

 するとこんな答えが返ってきた。


「あの方……〝ダリア〟様は、公女様なのですよ。つまり公爵家のご令嬢、この国のお姫様です」


「そしてこの公国の騎士団の一番隊の隊長も勤められています」


 衝撃の返答である。


 美しく、それでいて気品を感じるな……などとティオは思っていたが、まさかこの国のお姫様だったとは。


 そういえば、本戦トーナメントの参加者の名前を見た時、確かに〝ダリア・ナツイロ〟という名前があった。

 よくよく考えれば、ファミリーネームがこの公国の名前と同じではないか。


(彼女……ダリア公女様が勝てば、準決勝で戦うことになるのか。何だか緊張するな……)


 ティオは勇者パーティに所属していたので、様々な敵と戦ってきた経験がある。

 だが、姫などという高貴な存在と戦うのは初めてだ。

 戦いになれば身分など関係ないということは理解しているが、やはり緊張してしまう。


(そういえば、公女様はなんで公族なのに騎士になったんだろう……?)


 そんなことが気になるティオだが、運営スタッフが知っているはずもない。

 考えるだけ無駄だと判断し、体を休めることにする。


(できれば準々決勝で負けてほしいなぁ……)


 公族と戦うというプレッシャーから逃れたいので、ティオはそんな風に願う――


 ◆


 一時間後――


「はぁ……」


 闘技場の真ん中で、軽くため息を吐くティオ。

 その視線の先には、自信に溢れた微笑を浮かべるダリアの姿が……


 ティオの願い虚しく、彼女は準決勝へと上がってきてしまったのだ。


「両者、構え!」


 審判が叫ぶ。

 それと同時に、ティオとダリアが得物を構える。


 ダリアの装備はハルバード、そしてティオと同じく大盾だ。


「それでは……試合始めッッ!」


 審判が試合の開始を高らかに宣言する。


 その瞬間、会場が一斉に「姫様コール」で沸き出した。

 どうやら、目の前のダリア公女は国民からかなりの人気がある人物のようだ。


「ふふっ……」


 観客の声援が心地よかったのか、小さく笑みを浮かべるダリア公女。

 本当に気品を感じさせる、美しい笑みだ。


 だが、彼女の構えに隙はない。

 大盾を少し前に、ハルバードをやや上段に構えている。

 カウンターでも攻めでも、どちらもできる構えだ。


 あまり緊張する時間を長引かせるのも嫌だ。

 そんな理由で、ティオは自分から仕掛けることにする。


 その場から一気に駆け出し、勢いをつけて跳躍。

 勢いを活かした飛び蹴りを放つ。


 この位置からハルバードで攻撃しても、大したダメージにはならないだろうと判断したのか、ダリアは大盾でその蹴りを防いだ。


 ティオは少し驚く。

 ベヒーモスの重量を乗せた飛び蹴りを受けて、ダリアが一歩も動かなかったからだ。


 よく見れば、彼女の周りが淡い光を放っている。

 恐らく防御系のスキルを発動したのだろう。


「ハ――ッッ!」


 間髪入れず、ダリアがハルバードによる刺突を放ってくる。


 それを片手剣で捌くティオ。

 しかし、完全に捌くことができず、肩の装甲に軽くヒットしてしまう。


(よく訓練しているな……)


 そんな感想を抱きつつ、ティオはバックステップで距離を取る。

 今の動きはカウンターの練習を相当積んでいなければ不可能だろう。


 やはり騎士、それも騎士隊の隊長を務めるだけのことはある。

 姫だからという忖度が働いて、ここまで上り詰めてきたということはなさそうだ。


 ならばティオも思いっきり戦える。

 姫だからと遠慮する必要がないからだ。


 再び加速して仕掛けるティオ。

 今度はハルバードによる刺突を放ってくるダリア。


 普通の槍だったら紙一重で躱すところだが、ティオは大きく回避する。

 ハルバードは突く以外にも、斬る、引っかけるなどの戦闘方法があるからだ。


 しかし、やはりダリアの練度は高かった。

 ティオが大きく回避したと見るや、大盾による突進を仕掛けてきた。


 同じく盾で迎え撃つティオ。

 ティオが若干後ろへと押される。


 同じ防御を主体とした騎士スタイル同士とはいえ、ティオは黒魔術士にクラスチェンジしたため、騎士だった頃のスキルを失っている。


 対し、ダリアの体の周りはいまだに淡く光っており、防御系――あるいは身体強化系のスキルを発動しているのがわかる。


 ティオが押されたのを見て、ダリアはさらに蹴りを放ってくる。


 少しだけバランスを崩すティオ。

 まさか体術まで使えるとはと内心舌を巻く。


 ティオがバランスを崩したのを好機と判断し、ハルバードと盾による連撃を放つダリア。

 時折近接攻撃スキルも放ってくるので、ティオを以ってしても捌ききれない。


「私の攻撃を何度か受けているというのに、大した防御力です」


 微笑を浮かべ、攻撃を繰り出しながら、そんな風に語りかけてくるダリア。


 彼女の一撃一撃は重い。

 フルプレート越しであっても、並みの戦士であれば戦闘不能に陥っていたかもしれない。


 しかし、ティオが装着しているのはただのフルプレートではなく、パワードスーツとなったベヒーモス。その防御力は絶大だ。


【(なぁ、ティオ殿、そろそろ吾輩の力を使ってもいいのでは?)】


「(そうだね、ベヒーモス。少しだけ本気を出そうか)」


 小声で、そんなやり取りを交わす二人。


 その直後に、トドメとばかりにダリアが体重を乗せた斬撃を放ってくる……が――


 ドパンッッッッ!


 凄まじい轟音が響く。


 その刹那、ダリアが後方へと大きく吹き飛んでいく。


「…………ッッ!?」


 何が起きたかわからない!


 そんな表情で瞳を見開くダリア。


 だが次の瞬間、彼女の体にさらなる衝撃が襲う。

 吹き飛んだダリアに追随してきたティオが、ジャブを撃つようにパンチを放ったのだ。


 ここにきてダリアは理解した。

 自分は相手――ティオのパンチで吹き飛ばされたのだと。


 ティオはこの武闘大会において、今の今までベヒーモスのパワードスーツとしての機能を攻撃に使っていなかった。

 それをたった今、少しだけ使ったのだ。


 ドパン! ドパンッ!


 凄まじい速度を以って振るわれる拳。


 ダリアの持っていたハルバードも盾も、大きく弾き飛ばされてしまう。


「……私の負けです。装備を失ってしまっては、勝ち目はありません」


 静かに、両手を上げて降参の意志表示をするダリア。


 それを聞き届けた審判が、ティオの勝利を宣言する。


「驚きました。……あなたは騎士のフリをした拳闘士だったのですね」


 参ったわ、といったような表情で微笑を浮かべながら、右手を伸ばしてくるダリア。

 ティオは慌ててそれに応じ、握手を結ぶ。


 どうやら、最後に徒手空拳でトドメを刺されたことにより、ダリアはティオのことを拳闘士と勘違いしたようだ。


 彼女の勘違いに、ティオはベヒーモス越しに苦笑を浮かべながらも「いい試合をありがとうございました」と、頭を下げるのであった。

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