第53話 予選トーナメント
翌日――
「あれが闘技場か……」
遠くを見据え、ティオが呟く。
その視線の先には、円を描くように建造された〝闘技場〟が佇んでいる。
ティオたちは今まで宿屋街と港、そして商業区しか出入りしてなかったが、少し遠出したところにまさかこんな建物があったとは……。
ここへ来た目的はもちろん武闘大会の予選に出るためだ。
まだ予選だというのに、周囲は人で溢れており、いかにこの武闘大会が人気なのかが窺える。
「受付はあっちみたいですね」
指差しながら、闘技場の入り口を指差すアイリス。
中に入ると受付は人でごった返していた。
並んでいる者たちは剣、槍、ナイフ、棍棒など、様々な装備をしている。
冒険者風の出立をした者や、どう見てもどこかの騎士と思われる者など、参加者の種類は幅広い。
しかし、やはり武術がメインの大会ということもあってか、魔法使いの参加者は少なめのようだ。
列に並ぶことしばらく――
ティオも受付で参加登録を済ませた。
自分のクラスを書く欄があったので、そこは正直に黒魔術士と書き込んだところで、受付嬢にギョッとした表情をされる。
武術主体の大会に底辺職の黒魔術士が参加するなど普通はあり得ないだろうし、その反応も仕方あるまい。
受付を終え、皆のもとに戻ってくるティオ。
リリスやフェリスには退屈させて申し訳ないな……などとティオは思っていたのだが、それは杞憂だったようだ。
二人はアイリスたちに、近くの露店で甘いものを買ってもらってご満悦な様子だった。
アイリスとベルゼビュートも、二人の面倒を見ながら、昨日買ってもらった指輪をうっとりと眺めていた。
「そういえばティオ様、武器はどうするのですか?」
「騎士のクラスだった頃に使っていた剣と盾があるので、それでいこうと思います」
歩きながら、そんなやり取りを交わすアイリスとティオ。
騎士から黒魔術士にクラスチェンジしたティオだが、前の装備は一応、《ブラックストレージ》で収納して持ち歩いているのだ。
「ティオってば、魔法だけじゃなくて剣と盾も使えるのね!」
「やっぱりティオ様はすごいです〜!」
ティオたちの会話を聞いていたリリスとフェリスがはしゃいだ様子を見せる。
普段は無邪気な振る舞いをする二人だが、今の反応や、自ら戦闘に参加したいと言うあたり、なかなかにバトル好きな性格をしている。
ティオがこの大会でどのような戦い方をするのか、それを見るのが楽しみなのだろう。
「おい、あれって〝オーギュスト〟だよな!?」
「ああ! 毎年この大会で優勝している凄腕の傭兵だ!」
ティオたちが歩いていると、周囲からそんな声が聞こえてくる。
その視線の先に、輝く大剣を背中に装備した大男が笑みを浮かべて歩く姿があった。
人々の熱い視線を受けた男――オーギュストは、皆に向かって軽く手をあげてそれに応えてみせる。
すると周囲から黄色い歓声が上がる。
「そういえば……宿屋の受付の人が、四年連続でこの大会で優勝している傭兵の話をしてましたね」
「なるほど、彼がその傭兵というわけですか」
人々に笑顔で応えるオーギュストを目で追いながら、ティオとアイリスがそんなやり取りを交わす。
昨年の優勝者はシード枠で本戦の参加が決まっているという話を聞いていた。
とすると、オーギュストがここに来た理由は、どんな参加者がいるのか視察に来たというところだろうか。
「う〜!」
「む〜!」
どうしたのだろうか。
オーギュストを見ながら、リリスとフェリスが唸り声を漏らしている。
二人にどうしたのかと尋ねるティオするとこんな答えが返ってきた。
「ティオ〜、あいつ……なんだか嫌な感じがする!」
「です〜! 近づかない方がいいのです〜!」
ぷりぷりと怒ったような表情で言う二人。
なるほど、妖精族の勘は特に鋭いという話は聞いたことがある。
今も周囲の人々に笑顔を振りまくオーギュストにも、少し警戒心を持っていた方がいいだろう。
それを心に留め、ティオたちは会場を後にする。
◆
翌日――
「さて、それじゃあいくとしようか」
【ククク……武闘大会か、楽しみだな】
予選第一戦を前に、ティオと装着状態のベヒーモスがそんなやり取りを交わす。
右手に片手剣、左手に大盾を持ち、闘技場へと進むティオ。
選手の入場に、会場が熱気に包まれる。
遠くの観客席で、アイリスたちが手を振りながらエールを送っているのが見える。
次々と入場してくる戦士たち。
予選は効率を重視して、四試合ずつ行われるようだ。
勝敗のルールは簡単だ。
相手を戦闘不能に追い込む、降参宣言をさせる、戦闘エリアの枠の外に弾き出す――
以上の三つとなる。
最初の相手はティオと同じく剣と盾を持った冒険者風の相手だ。
ティオの装備を見るなり「けっ、フルプレートかよ……」と嫌そうな表情を浮かべる。
フルプレートの相手は防御力が高く、戦闘不能に持ち込むのは時間がかかるからだ。
しかし、大会の参加者にはフルプレートを装備している者は少ない。
それはフルプレートが装備しているだけで、その重さで体力を削ることになるからだ。
今回のような予選トーナメント……つまり連続での戦いに向いていないのである。
まぁ……ベヒーモスは単純なフルプレートではなく、正確にはパワードスーツなのでそれには当てはまらない。
「それでは……試合開始!」
審判の掛け声が響き渡る。
それとともに、相手が盾を構えて飛び出してきた。
先手必勝というわけだろう。
対し、ティオは剣を構え……はせず、敵の盾によるチャージアタックが当たるその刹那、前蹴りを放った。
ドパン――ッッ!
凄まじい音ともに、相手は後方へと吹き飛んでいく。
そのまま場外まで吹き飛ばされたところで勢いが落ち、ゴロゴロと転がっている。
何が起きたのかすらわからなかったのだろう。
声も出せずにただ呆然と横たわっている。
「あ……! 勝者、ティオ……!」
相手と同じく、呆気に取られていた審判が、思い出したかのようにティオの勝利を宣言するのであった。
「ふっ……第一試合から面白い選手が現れましたね」
観客席……それも上流階級のみが入れる特等席から、一人の少女がティオの姿を面白そうに見つめていた。
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