第44話 女伯爵と食事会

「あ、ティオ様、お帰りなさいませ」


 ユリたちとのデート(?)を終え、予定の宿屋へとやってきたティオをアイリスが出迎える。


 どうやら前と同じく、皆同じ部屋で泊まれるように、大部屋を確保したようだ。


 部屋の中を見ると、既にリリスとフェリスがベッドの上で眠っている。どうやらおねむだったようだ。


 皆と合流したことだし、ベルゼビュートを再召喚するティオ。


 するとベルゼビュートは「うふふ……」と微笑を浮かべ、ティオの腕に自分の腕を絡ませると、そのまま空いている方のベッドに一緒に腰掛けてしまう。


「あ、ずるいですよ、ベル!」


 ほっぺを膨らませながら、反対側にアイリスが座る。


 ユリとスズから解放されたばかりだというのに、ティオの安息の時間は訪れない運命なのだろうか……。


「そ、そういえば……アイリスさん、船の方はどうでしたか?」


 潤んだ瞳で見つめてくる二人にドギマギしながら、そんな質問をするティオ。

 宿を確保してもらうついでに、ナツイロ公国へと渡る船の予約をアイリスに頼んでいたのだ。


「船の予約は完了しました。しかし、出航は三日後になるらしいです」


「あ、そうなんですね。では、しばらくこの都市を楽しむことにしましょう」


 別に急ぐ旅ではない。前回ここに来た時はゆっくりすることもできなかったし、観光し尽くすのもありだろう。


「それよりマスター、あの子たちとのデートはどうだったの? 何か変なことはされなかった?」


 妖艶な笑みを浮かべながら、そんなことを尋ねてくるベルゼビュート。

 どうやらユリとスズとのデートの内容が気になるようだ。


「一緒に食事をしただけだよ、少し気になることは言ってたけど……」


「気になること……ですか?」


 ティオの言葉に、首を傾げるアイリス。


 ベルゼビュートも気になる様子なので、ティオは二人に、新たに現れた迷宮のことを説明……しようとしたそのタイミングだった――


 コンコンコン……ッ。


 ――と、部屋の扉が叩かれる音が響いた。


(誰だろう……?)


 立ち上がり、扉の方へと向かうティオ。

 扉を開けると、そこにはとある人物が立っていた。


「久しぶりね、ティオ君♪」


 ご機嫌な様子で挨拶をする、美しい妙齢の女性――

 この都市の領主、女伯爵のマリサだった。


「は、伯爵様!?」


 驚いた声を上げるティオ。


 その後ろではアイリスとベルゼビュートが((で、出た!?))と、身構える。


 まぁ、アイリスとベルゼビュートの反応も当然かもしれない。


 マリサ伯爵はユリとスズ、そしてまさかのリリスとフェリスを巻き込み、ティオを美味しくいただこうとしたことがあるのだから……。


「もう、ティオ君ったら、私のことは気軽にマリサって呼んでいいのに……♡」


 などと言いながら、マリサ伯爵がティオにウィンクする。

 その言葉を聞いた彼女の背後に立っている護衛たちが、一斉にティオを睨みつける。


「あ、あの……どうしてここへ?」


「ティオ君たちがこの都市へ来たって情報が入ってきたから、挨拶に来たのよ。本当はティオ君の方から来てくれたら嬉しかったのだけど……」


 ティオの質問に、少しいじけたような表情で答えるマリサ伯爵。

 この様子を見るに、まだティオのことは諦めていない……といったところだろうか。


「ねぇみんな、今夜は空いているかしら? よかったら食事に誘いたいのだけれども」


 ティオが戸惑っていると、マリサ伯爵がそんな提案をしてくる。


 後ろでは護衛たちが威圧感を放っている。

 まさかお前、断らないだろうな……? と言わんばかりに。


「わ……わかりました。お邪魔させていただきます」


 貴族の誘いを断るなどできるはずもなく、ティオは引きつった顔で頷くのであった。


「よかったわ。それじゃあ、夕方に迎えを出すわね」


 そう言い残すと、マリサ伯爵は上機嫌な様子で、その場を立ち去るのだった。


 ◆


 夕刻――


 ティオたちの泊まる宿屋に、伯爵家から迎えの馬車がやってきた。

 馬車に揺られること少し、いかにも高級そうなレストランの前へと辿り着いた。


「待っていたわよ、ティオ君、みんな」


 個室に通されたティオたちを、上品な笑顔で迎えるマリサ伯爵。

 中を見るとやはり護衛が数人、それに……驚いたことにユリとスズまでいるではないか。


「さぁ、座ってちょうだい」


 そう言って、マリサ伯爵が自分の隣をティオに勧めてくる。

 護衛の目、それに他の女性陣のジトっとした視線に晒されながら、席に座るティオ。


 仕方なかろう、伯爵の勧めを断ることなんてできるはずもないのだから。


「うわ〜! 何これ〜!」


「美味しそうです〜!」


 他愛ない会話を進めること少し、見るからに高級そうな、色鮮やかな前菜が運ばれてきたのを見て、リリスとフェリスが興奮した声を上げる。


「そういえば、どうしてユリさんとスズさんがここに……?」


 前菜に舌鼓を打ちつつ、ティオがそんな質問をする。


「それじゃあ、本題に入りましょうか」


 ……と、白葡萄酒のグラスを揺らしながら、マリサ伯爵が話始める。


「ティオ君、それにみんな、新しく現れた迷宮の調査隊に加わってくれないかしら?」


「え……? ぼくたちも加わっていいのですか?」


 マリサ伯爵の質問に、キョトンとした表情で聞き返すティオ。


 手付かずの迷宮はとんでもない稼ぎが期待できる。

 それの探索チームに、部外者であるティオが参加できるなんて思ってもなかったのだ。


「確かに、今回の探索はこの都市の人間で行った方が利益は期待できるわ。でもね、それよりもティオ君が関わってくれたという事実の方が大事なのよ」


 白葡萄酒を上品に飲みにながら、マリサ伯爵が語る。


 ティオはこの都市の――否、七魔族の一柱を倒したことで、これから世界的に有名な英雄になっていくだろう。

 そんなティオと、伯爵領は懇意にしており、その信頼は新たな迷宮の探索任務にも参加してもらうほどである……。


 そんな風に、外部に知らしめることができる……それが最大のメリットなのだという。


 ティオはそこまで詳しく理解できなかったが、要はティオとのこの都市の関係を、外堀から作ってしまおうということだ。


「まぁ、そんな理由もあるけれど……一番の理由は、私がティオ君を気に入っているということにあるのだけれどね」


 悪戯っぽい表情で笑いながら、マリサ伯爵は説明を締め括った。


 なるほど、今日ティオを呼んだのは純粋に食事がしたいのはもちろんだが、迷宮の件があったからというわけだ。だからこそ探索に関わるユリとスズが同席していたのだろう。


「そういうことであれば……」


 断る理由はないよね……? と、ティオはアイリスとベルゼビュートに視線を送る。


 二人はもちろん。といった様子で、静かに頷いてみせる。


 ナツイロ公国への船は数日待たなければ出航しないし、ちょうどいいタイミングでもある。


「ねぇ、ティオ君? よかったらこの後、私の部屋に来ない……?」


 食事会の終わりに、マリサ伯爵にこっそり誘われるティオだったが……もちろんアイリスとベルゼビュートに阻止される。

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