二章

第42話 クラリスでの再会

 翌日――


「風が気持ちいいのです〜!」


「ん〜! やっぱりベヒーモスでの移動は気持ちいいわね!」


 ベヒーモスのサイドカーの中でベルゼビュートに抱かれたフェリス、そしてその頭の上でリリスが、爽快! といった様子で声を上げる。


 そんな二人を横目に、ティオはベヒーモスを運転しながら優しい微笑みを浮かべる。


 今、ティオたちは伯爵領クラリスへと向かっている。

 クラリスの港を経由して〝ナツイロ公国〟という名の島国へと渡るためだ。


 その理由はリリスとフェリスにある。


 次の目的地を決めようとしていたティオたち。

 そんな時、二人がこんなことを言い出したのだ。


「ねぇ、ティオ! 私、海で泳いでみたいわ!」


「私もです〜! まだ海で遊んだことがないのです〜!」


 ……と――


「遊泳……バカンス、いいわね。ねぇ、マスター? ここのところ戦い続きだったし、たまには遊びに出かけない?」


「ベルったら、いいこと言いますね。……ティオ様、今の時期ならナツイロ公国に行けば、ちょうど海開きされる頃です」


 妖精二人の言葉に、そんな風にベルゼビュートとアイリスが乗っかってきた。


(休養か……まぁ、たまにはいいかな?)


 などと思うティオ。


 何より、アイリスたち四人のウキウキした様子……。

 これでダメと言うのも気が引ける……というわけで、ティオたちは島国、ナツイロ公国を目指すことにしたのだ。


「今からワクワクするわ!」


「海で泳ぐの、楽しみなのです〜!」


 キャッキャッとはしゃぐリリスとフェリス。

 二人を見ていると、ティオはやはり微笑ましい気持ちになる。


(ふふふ……バカンスといえば海! 海といえば水着!)


(ナツイロ公国で、マスターを私の虜にしてあげるわ……っ!)


 心の中で、そんなことを画策し始めるアイリスとベルゼビュート。


 何やら妖艶な笑みを浮かべる二人に、ティオは小さく身震いする。


 ベヒーモスは(ククク……本当に今回のマスターも苦労人だな……)と、内心で苦笑するのであった……。


 ◆


 ベヒーモスを飛ばすこと数日――


「わーい!」


「ひとまず到着ね!」


 ベヒーモスのサイドカーから、ぴょんっ! と降りるフェリス、そしてその周りをご機嫌な様子で飛び回るリリス。


 ひとまず、中継地点である伯爵領――クラリスへとたどり着いたティオたち。

 ベヒーモスを次元の狭間に帰還させると、ひとまず宿を確保するために歩き出す。


 そんな時だった――


「おい、アレって……」


「ああ、ティオ様だ!」


「何でも、ルミルスで七魔族の一柱を倒したらしいな」


「英雄の凱旋だ!」


 ――そんな声があちこちから聞こえてくる。


 見渡せば都市の住人たちが、ティオに熱い視線を向けているではないか。


「ふふふ……どうやら、ティオ様のご活躍は、すでにこの都市にも伝わってきているようですね」


「うふふっ、マスターの使い魔として、鼻が高いわ」


 住人たちから注がれる視線に気恥ずかしげなティオに対し、アイリスとベルゼビュートは得意顔だ。

 ティオの強さ……それが多くの人々に認められたこと、それが二人は嬉しくてたまらないらしい。


「やっぱりティオはすごいわね!」


「有名人なのです〜!」


 リリスとフェリス、妖精二人も「わ〜い!」とはしゃぎながら、ティオの周りを駆けたり、飛び回ったりして、喜びを表してみせる。


 四人が褒めてくるものだから、ティオはさらに気恥ずかしくなってしまう。


 とんでもない力を手にし、魔族だけでなく七魔族の一柱まで倒すという偉業を成し遂げたのに、どうにも謙虚で恥ずかしがり屋な少年である。


 ◆


 道中で倒したモンスターたちの死体を買い取ってもらうために、まずティオたちはこの都市のギルドへとやってきた。


「これは! いらっしゃいませ、ティオ様!」


 ティオの姿を見た途端に、瞳をキラキラさせながら、ギルドの受付嬢が駆け寄ってくる。


 その声を聞いた冒険者たちが、一斉にティオの方を振り返り、先ほどの住人たちと同じように羨望の眼差しを向けてくる。


「噂は聞きましたよ! ルミルスで危機に陥った勇者パーティを、七魔族から救ってみせたと!」


 興奮した様子でティオに顔を近づけてくる受付嬢。

 随分と詳細に情報が伝わっているものだと、ティオは驚く。


 恐らく、ルミルスの領主だけでなく、アイラも先の件の情報を広めたのだろう。


「え、えぇ、まぁ何とか七魔族の一柱を倒すことができました……」


 瞳を爛々とさせる受付嬢に、謙遜しつつ応えるティオ。


 あまり騒ぎ立てられても困ってしまう……そう判断しての言葉だったのだが――


「何を仰いますか、ティオ様! 涼しい顔をして勝利を収めていたではないですか!」


「うふふ……そうよ、マスター。傷一つ負わず、七魔族ヴァサーゴを圧倒してみせたじゃない」


 ――アイリスとベルゼビュートが、そんなことを言い出してしまう。


「おお! あの噂は本当だったのか!」


「俺は最初からティオ君は只者じゃないって思ってたんだ」


「英雄の中の英雄だ……ッ!」


 アイリスとベルゼビュートの言葉を聞き、そんな風に盛り上がる冒険者たち。


 他の受付嬢たちも、頬をほんのりピンクに染めながら「素敵……」などと息を漏らしている。


(は、恥ずかしい……! 穴があったら入りたいっっ!)


 大盛り上がりする冒険者やギルド職員たちに、ティオは恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にしてプルプルと震え始めてしまう。


 そんな時だった――


「あぁ、ティオ殿、相変わらず愛らしい容姿をしているな……♡」


「うん……食べちゃいたい……♡」


 ――そんな言葉とともに、二人の少女が近寄ってくる。


 黒銀の髪を、ポニーテールとツーサイドアップにした、二人の少女……


 ティオが魔族ガイルの魔の手から救い出した、冒険者のユリとスズだ。


(あぁ……この二人がいるってこと、忘れてた……)


 頬を赤らめ、上目遣いで見つめてくる二人を見て、彼女たちの存在を思い出すティオ。


 それと同時に、嫌な予感を覚える……。

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