デスゲーム…?

 どこをどう歩いたかはよく覚えていないが、日奈子について歩いていたらいつの間にか学校に辿り着いていた。クラスは、二年C組。俺の席は、窓際の後ろから二番目だった。


 まだ朝のホールムーム前なのか、生徒達は友達とお喋りしたり、漫画を読んだり、スマホを弄ったりしている。


 日奈子も、親友の中村裕子や他の友達とお喋りをしているようだった。色々な生徒を観察してみたが、やはり日奈子以外の生徒の顔はぼんやりしていてよくわからなかった。

     

 しかしそれにしても……。


───暇だな…。


 他の皆にはワイワイ騒ぐ仲間がいるようだが、俺にはそういう友達がいないらしい。


 記憶喪失に失顔症、その上ぼっちという三重苦を抱えて俺はこの先どうやって生きていけばいいんだ…!


――――ああ、わからない…!俺は一体、何者なんだ?


 頭を掻きむしって苦悶している俺を心配してくれたのか、誰かが声を掛けてくれた。


「ねぇ、あなた。大丈夫?」


 顔を上げると、おかっぱ頭の女子が立っていた。やはり顔はぼやけているが、陰キャっぽい負のオーラだけはすごく感じる。クラスメイトだとは思うが、名前は知らない。


「ええと…君は?」


「私は…特に名乗るほどの者でもないわ」


「いや…名乗れよ」


「そうね…。クラスのみんなからは"座敷童子"とか"魔女"とか"近寄っちゃいけないやつ"と呼ばれているから…好きな呼び方で呼んで」


「実際何て名前なんだよ」


七星ななほしキラリ。ふっ…笑っちゃう名前よね。作者の悪意を感じるわ」


「まぁ……その名が似合うように努力すればいいんじゃないかな」


「私、努力とか正義とか予定調和とか、そういう綺麗なものが大嫌いなの。ええと、あなたは確か…神宮寺じんぐうじヒカルくん、だったわよね」


「え…あ、うん」


 俺の苗字、神宮寺っていうのか。


「名前だけはお金持ちのイケメンっぽいけど、父親は普通のサラリーマンで、あなた自身も地味な見た目」


「おい…ちょっと何言って――――」


「クラスのマドンナ的存在である日野日奈子と幼馴染みという漫画の主人公みたいな美味しい立ち位置ではあるものの、日野さんにはすでに意中の相手|(ちなみにイケメン)がいるので、ラブコメ的な展開は一切期待できない。そんな冴えないキャラであるにも関わらず、あなたは重度のナルシストで、誰よりも自分が大好き。勉強道具は忘れても、鏡だけは忘れない。そんな痛いキャラ」


「おい、七星!お前さっきから失礼だぞ!つーか、なんでそんなに俺のこと詳しいんだよ!俺だってそこまで知らないのに――――」


「それはね、たった今作者がそういう設定を書き加えたからよ。曖昧だったあなたのキャラ設定がようやく固まったみたい」


「は…?」


「ねぇ、神宮寺くん。あなたはこの世界に違和感を感じない?やけにぼんやりしてるな~とか」


「そ…それはまぁ、登校する前からずっと感じてたけど」


「…やっぱりね」


「なぁ…どういうことだよ。設定ってなんなんだよ」


「じゃあわかるように教えてあげましょう。神宮寺ヒカルくん。あなたはこの物語のモブキャラよ」


「モ…モブキャラ?全然わからん。何を言ってるんだ…?」


「大抵のキャラは従順で、作者のプロット通りに自分の役を演じるんだけど、たまに自分の役割に違和感を持ってグレちゃうキャラがいてね。魂が宿っちゃうっていうのかな…。物語を書いたことのある作者さんならわかると思うけど、俗に言う"キャラが勝手に動き出す(キャラの暴走)"ってやつよ。私もあなたも、そういう類いのキャラなの。モブキャラなのにね」


「ちょっと待てよ!いきなりそんな説明受けて、はいそうですかって納得できるわけないだろ」


「だけど、そう考えた方が何もかも説明がつくんじゃないかしら」


「自分の顔や他の人間の顔がはっきり見えないのはどう説明がつくんだよ」


「それは作者の描写不足よ。作者にとって大切なのは主要人物だけ。それ以外のモブキャラなんて、名前と適当な設定だけあれば充分なのよ」


「じゃあつまり、日奈子は主要人物だから最初からあんなに設定がはっきりしてて、しかも超絶可愛いわけか」


「そう。日野さんはメインヒロインの一人だからね。ちなみに彼女のモデルは、作者が過去に訪れた某メイド喫茶の推しメイドよ」


「ふむ…なるほど。つーか、七星。なんでお前そんなに詳しく知ってるんだよ?」

 

「私たちは作者の一部みたいなものだもの。その気になれば作者の思考回路にアクセスできるわ。やり方は秘密だけどね」


「それじゃ、お前はこれからこの物語がどう展開していくのか全部把握してるってことか?」


「まぁ、そうなるわね。でも私は、嫌な予感しかしないわ」


「なんだよ、嫌な予感って…」


「この物語の作者は、気まぐれで飽きっぽい性格なの。だから、この物語はエタる(=完結しない)可能性が非常に高い」


「ちょ…ちょっと待て。それは結構ヤバいことなのか?」


「そうね、私達キャラクターにとって、物語が完結しないことは生き地獄も同然よ。完結すれば新しい物語のキャラに生まれ変わることができるけど、エタってしまった場合、私達は永遠に時間の止まったこの物語に閉じ込められることになる」


「なるほど、それは最悪だ…。つーか、この物語はどういうジャンルなんだ?学校が舞台ということは、やはり学園モノのラブコメなのか?」


「いいえ。登場したばかりでモブキャラのあなたにはわからないと思うけど、この物語は学校に閉じ込められた生徒達が強制的にデスゲームに参加させられる──笑いあり、涙あり、アクションあり、スプラッターあり、たまにエロありのサスペンスホラーエログロアクションよ」


「うわっ…それって絶対モブキャラは序盤で死ぬやつだろ!そのために俺たちモブキャラを作ったのかよ!」


「どうかしら…モブキャラと見せかけての黒幕というパターンも今じゃ結構定番だけどね」


「じゃあ、俺が黒幕って可能性も?」


「いいえ。一応黒幕はこのクラスの副担任という設定よ。まだ未登場だけど」


「なるほど、副担か。それもよくあるパターンな感じするけどな。そういや、この物語の主人公って誰なんだ?」


「ああ、それは…さっきもチラっと話したけど、日野日奈子の意中の相手、鈴木茂雄すずきしげおよ。ほら、ちょうど今登校してきた」


 俺は七星の指差す先に焦点を当てた。なるほど確かにキラキラの主人公オーラを纏ったイケメンだ。


「シゲっち、おっは~」


「鈴木くん、おはよう!」


「おはようございます、茂雄さん」


 さすがイケメン主人公。金髪ツインテとか黒髪姫カットの清楚系とか眼鏡っ娘とかボンキュッボンのセクシー系とか、いろんなタイプの美少女たちに取り囲まれている。そして、その美少女たちの中には、ロリ巨乳の日奈子もいた。

 しかも……俺がさっきあげたソ◯ジョイを貢いでいるではないか…。

 

 なるほど、ハーレム主人公とはまさにこの男のことを言うのだな。


 はぁ…羨ましい。


「よう、ヒカル」


 鈴木は女の子たちを侍らせながら俺に近付いてきた。どうやらコイツの席は俺の後ろらしい。


 近くで見ると、その相貌の完璧さがよくわかる。ムカつくくらい精緻で気品ある美しい顔はまるで作り物みたいだ。


 しかし…なぜだろう、両目が――――充血してる…?


 俺はこっそりと七星に聞いてみた。


「なぁ、なんであいつ目が充血してるんだ?ゲームのやりすぎか?」


「違うわ。この状態が彼のデフォルトなのよ」


「イケメンのハーレム主人公なのに目が常に充血した状態ってどういうキャラ付けだよ」


 俺は小声で突っ込んだ。


 ため息を一つつき、嘆かわし気に七星は答える。


「それは誤字による描写ミスよ。元々作者は鈴木茂雄のことを、“彼という人間を一言で形容するなら、充実という言葉が誰よりも似合う男”と描写したかったんだけど、“充実”を“充血”と間違って入力してしまった上、誤字に気付かぬまま物語が進行中のため、彼はこの通り充血した男になっているわけよ」


 ざまぁと心の中で叫びたい気分だったが、自分の身になって考えてみればゾッとした。


 ずっと目が充血した状態で、この先どうやって敵と戦う?どうやってヒロインたちを守るんだ?


「なんだか可哀想な奴だな…」


「人の心配より、我が身を心配した方がいいわ」


 そう言って七星は壁の時計を見上げた。


「八時二十分から一向に動かない。これがどういうことかわかる?」


「まさか…もう作者はこの物語を書くことに嫌気が差してしまったというのか?まだデスゲームすら始まってないというのに…」


「おそらく、綿密にプロットを練りすぎて、それで満足してしまったのね。確かにプロットは大事だけど、敢えておおまかに作った方がキャラたちは役割に縛られずに生き生きと輝ける…。それはつまり、作者が楽しみながら伸び伸びと書けるということなのよ。プロットに縛られ、苦しみながら書いた物語が面白いわけがない。それでも書ききれれば良いけど、大抵の作者は苦しみのあまり途中で投げ出してしまうわ」


「じゃあこの物語は…ここでエタってしまうのか?俺達はここに閉じ込められたまま出られないのか…?」


「その可能性が高いわね…」


「クソっ…!なんでだよ。なんで途中で投げ出すんだよ!バッドエンドでもモヤッとする終わり方でもいいから終わらせてくれよ!」


「同感だわ…」


 そう呟いた七星は、泣いているように見えた。


 そして、あたりは真っ暗になった。


 とうとう書くのを諦めてしまったようだ。


 ったく…どんだけ飽きっぽい作者なんだよ。


 それでも俺は…いや、俺達は、この作者を信じてる。


 いつか戻ってきて、続きを書いてくれるって。


 それがどんな駄作でも、無理やりすぎる終わり方でも構わない。


 だからどうか作者さん、この物語をエタらせないでくれ。《完》でも《了》でも《終》でも《END》でもいいから、この物語にピリオドを打ってくれ……。


 この悲痛な叫びが、どうか届きますように……。






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