俺たちはぼやけている
オブリガート
俺は誰だ?
――――ここは、どこだ…?
気付けば俺は、車や人の多く行き交う街中にいた。
白い半袖シャツ、長ズボン、肩には黒っぽい鞄のようなものを持っている。
俺は…そうだ、高校生だ。性別は男。名前は確か、ヒカル――――だったような気がする。
だが、わかるのはそれだけだ。ここがどこなのか、なぜここにいるのか、家族構成はどうなっているのか、将来の夢はおろかこれまでどんな人生を送ってきたのかすらわからない。
もしかするとこれは、俗に言う記憶喪失なのかもしれない。ああ、一体どうしたらいいんだ。何か自分を知る手掛かりのようなものはないだろうか。
「ああ、そうだ…。鞄!鞄の中身を見てみよう」
俺は大いに期待しながら鞄のチャックを開けた。
あれ…教科書とかノートとか入ってないな。でも、なぜか手鏡だけ入ってる。
なんだ、この鏡…?魔法の鏡とかか?
まぁ、いい。取り合えず自分の顔を確認してみよう。
実を言うと、自分が美形か醜男か並か、それすら記憶にないのだ。
腕や指はすらっとしているから、デブではないと思うのだが。
「さて…俺はどんな顔をしている?」
額に掛かる前髪を掻き上げ、俺は鏡を覗き込んでみた。
「な…!なんだコレは!?」
俺の顔は、なぜかぼやけていてよくわからなかった。髪型は普通の短髪だということはわかったが、なぜか顔だけがはっきり見えない。目と鼻と眉と口がついているのはなんとなくわかるが、まるでピンボケしてるみたいに細部が見えないのだ。
「なんなんだ、コレ?俺の目がおかしいのか?それとも鏡がおかしいのか?」
わけがわからずあたふたしていると、突然若い女の人に声を掛けられた。
「おはようございます。よかったらお一つどうぞ」
機械的な声でそう言うと、彼女は右手に抱えた籠の中から栄養補助食品ソ〇ジョイ(バナナ味)を一つ取り出して俺に差し出した。
「えっと、おいくらですか?」
「あ、こちらは試供品ですので無料でお配りしているんです」
「そうなんですか。ありがとうございます」
礼を述べ、改めて彼女の顔を見た俺は、愕然とした。
顔が…ボケててよく見えない。表情はなんとなくわかるのに、やっぱり細部にいたってはわからない。
もしかして俺……記憶喪失なだけじゃなくて、人の顔が識別できない病気──俗に言う失顔症なのか?
もういやだ…!家に帰りたい!
俺は感情のままに走り出した。
すると、道の途中で正面から誰かとぶつかった。
「あっ…すみません」
「あれ?ヒカルくんじゃん」
女の子の声だった。しかも、俺の名前を知っている…?
「なんで学校と反対方向向かって走ってるの?忘れ物?」
その女の子はグレーのセーラー服を着ており、ボブカットの髪は毛先がくるんと綺麗にカールしていた。
華奢で小柄なわりに胸は大きい。所謂ロリ巨乳だ。
俺はなんとなくこの子を知っていた。幼稚園時代からの幼馴染みである
日奈子は俺の家の向かいに住んでおり、通っている高校も一緒。明るく活発な性格。成績は中の下と微妙だが、運動と音楽は得意。部活はテニス部で、特技はピアノ。一人っ子で、それなりに裕福な家庭。ビションフリーゼを二匹飼っている。
クラスメイトの
自分以上に日奈子を知っていることにも驚きだが、俺が何よりも驚いたのは、日奈子の顔がはっきりわかることだった。
黒目がちのぱっちりした大きな目に、形の良い小さな鼻。口は人形みたいに小さくて、眉はやや太めだ。全体的に見て童顔だが、アイドル張りに可愛い。
なぜだ…?なぜ自分の顔やソ〇ジョイのお姉さんの顔はぼんやりして見えないのに、日奈子の顔だけははっきりくっきり見えるんだ?
「ねぇヒカルくん、どうしたの?」
「え…いや、なんでもない」
「早く学校行こ。遅刻しちゃうよ。あれ?手に持ってるソレ、何?」
「あ…コレはさっき試供品でもらったソ〇ジョイ」
「えっ、いいな~!」
「欲しいならやるけど」
「わ~い、やった~!」
見た目だけじゃなくて、中身も可愛い奴だな。
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