第112話 尊敬
どんな言葉をかけたとしても、どんな行動を取ったとしても、本当の意味で白雪の気持ちに応えられる気がしない。
今だけは、恋人が居るくせに平然と他の相手と関係を持てる椿みたいな奴の感覚が羨ましい。
このままのぼせてぶっ倒れるまで温泉に浸かっていようか。
それくらいしたら、彼女の心も落ち着くだろうから。
「…ばーか。それで良い訳ねえだろ」
独り呟き、ため息を吐く。
どんなに格好悪くても、今すぐに追って行って抱き締めるくらいしてやった方がいくらかマシだ。
生憎と、それが出来る程、甲斐性のある人間では無いのだが。
「…俺って、こんなだから…父さんに無理やりされた後、椿から相談して貰えなかったんだろうな…」
幼馴染みにすら頼りにされない様な奴が、同級生の女の子にちゃんと話をして貰える訳が無い。
大抵のことは遥香に見抜かれる程度で隠し事も上手くない。
瑠衣みたいに周囲との“上手い付き合い方”とか“適切な距離感”を掴む事も出来ない。
雫の様にコンプレックスを踏み台に強くなるなんて事も出来ない。
…白雪みたいに、我慢強く根気よく居られる訳でもない。
誰に言われたんだったかな。俺は見ていて危なっかしいから、自分が支えてあげなきゃ行けないと感じて傍に居ようとする女の子が多いんだとか何とか…。
大した能力もない、背中が小さい甲斐性無しで意気地なしの俺にとって、俺を好きだと言ってくれる女の子達はどいつもこいつも、俺には不相応な高嶺の花ばかりだ。
椿とか瑠衣とか白雪とかに囲まれて生活していた頃だって、何も感じなかった訳じゃない。
周囲の皆は「何でお前なんかが」って思ってた事もよく分かる。外見も能力も彼等とは全く釣り合ってない俺が、不思議なことに輪の中心に居るのがとても気持ち悪く見てたと思う。
高校に行ったって「なんであの二人と仲良いの?」なんて聞かれる始末な訳だから。
一時はカップルの間に割り込んでる奴だとも思われていた。
…高嶺の花、だからどうした?
そんなんで付き合い方変える様だったら最初から仲良くなんてなってねえよ。
俺はそう思っていたけど、今になって考えを改める事になるとは思ってもみなかった。
もし来年…いや、再来年の三月までこのまま白雪の事を放置しておいたらどうなるだろうか。
瑠衣は天海さんに傾倒してるから、気付いたとしても触れてこない気がする。
気にするのは、白雪と仲の良い後輩達くらいだろう。
俺にとっての白雪が唯一無二であるのと同じ様に、彼女にとっても俺が似たような存在である事は何となくだが知っているつもりだ。
考え方の違いは確かにあるけるど、そこは同じだと思っている。俺の勘違いだと言われればそこまでだけど…。
……一人で考えたって仕方ないか……。こういう時にこそ、ちゃんと相談しよう。
◆◆◆
「まって、遥香!にげちゃだめっ…」
「…なんか、友梨奈がメス猫見たいな声出してる…。あ、そっちのチョコ頂戴」
「はいよ。友梨奈ってゲームやってる時大体こんなじゃない?」
対人戦のゲームになると大抵無双モードに入る遥香はさておき、不意にベッドの上に置いてあったスマホが音を立てた。
「…あ、雫のスマホ、凛華先輩から通話掛かって来てるよ」
小春から手渡されて画面を見る。
「…凛華…?」
珍しい…訳ではないが、今日は白雪先輩と出掛けていた筈だ。東雲家に帰ってきたという報告はないし、篠原家の方に帰ったとも聞いてない。
てっきり、白雪先輩にホテルに連れ込まれでもしたのかと思っていたのだが…。
『…雫?今大丈夫か?』
「はい、大丈夫ですけど…。白雪先輩放置してこっちに電話かけてくるとか、何考えてるんですか?」
『なんか若干トゲを感じる言い方するな…?まあ良いや、その白雪のことでちょっと相談したくて…』
落ち込んだ様な声色の凛華は、今日一日の事を簡潔ながら丁寧に話してくれた。
私と椿の実家がある田舎街を二人で歩き回ったこと、街の外で川辺を歩いたりと、まだ残っていた雪に残した足跡を一つ一つ教えてくれた。
とりあえず惚気にしか聞こえないせいか、隣で苛立ちを隠そうともしない遥香とそれをなだめる友梨奈達に向かって、静かにするようにジェスチャーをする。
そして…。
一緒に露天風呂に入っていたら、突然涙を流して走り去ってしまったとか。
恐らくはベッドに潜り込んだだろう、とまでは分かったけど、話しかけるべきか迷っているのだとか。
「……いいなぁ…。私も兄さんと温泉入りたい…」
…そこじゃないでしょ、同意はするけど。
「凛華は、今どこに居ます?」
『白雪が居る部屋の前』
「今すぐ入って抱きましょうか」
私は大真面目に、そう続けた。
直ぐ側で話を聞いていた小春と唯が「うぇっ!?」「ぶふっ!?」とそれぞれ反応を見せて、遥香は私の肩をガッシリと握り潰すかの如く掴んでいる。
『…は?抱くって…?』
「そんなの言葉通りセッ…痛い痛い!潰れる!!」
「ハル!?ストップ!シズの肩が千切れそう!」
「無言で握りつぶすなってば!雫の発言もアレだけど!」
「落ち着いて、表情死んでるから!」
友梨奈と穂香、小春が三人がかりで遥香を引き剥がしてくれた。この体格のくせに三人がかりじゃないと引き剥がせないの馬鹿力過ぎるでしょ…。
『……雫、俺真面目に相談してんだけど…』
「私だって真面目に答えてますよ。凛華は大人しく白雪先輩を泣かせた責任を取ってきて下さい」
『責任って…』
「凛華がどれくらい知ってるかはさておき、私達にとっても白雪先輩は尊敬してるとても大好きな先輩なんですよ。そんな先輩を泣かせた凛華は大人しく体で慰めてあげるべきでしょう。童貞じゃないんですからそれくらいの気概見せて下さいよ」
知っているのは小春くらいな物だが、冷静になって自分の言葉を飲み込むと…浮気公認って言うのも中々おかしな話だ。
けど、私はとても真面目に話をしている。
「っ…!?」
「へ〜…リン先輩って経験あるんだ…。なんか意外…」
「雫あんた…だいぶ暴論言ってるよ…」
『…あのな雫、俺は…』
凛華が言葉を続ける前に、私は口を挟んだ。
「付き合いが長いってだけで、凛華って大して白雪先輩のこと
意識的に、さっきまでとは少し声色を変えて威圧感は無く出来るだけ柔らかい印象で話を続けた。
「凛華にとって、白雪先輩ってどんな人ですか?」
『…恩人…で、親友』
「真っ先に出てくる言葉が恩人なんですね」
『それは……。そう、だろ…』
それは勿論そうだろう。白雪先輩が居なかったら、瑠衣先輩と仲良くなる事も無かったし、中学でも高校でも今より荒んだ性活をしていたはずだ。
椿との事もあったから、何かの拍子に心が折れていたかも知れない。
…なにより、一度完全に折れかけた凛華が縋る思いで身を寄せたのが白雪先輩の所だった事もある。
「じゃ、その恩を返そうって気は無いんですか?」
『肉体関係でどうこうできる物じゃないだろ』
「凛華はそう思うかも知れませけど、それで救われる想いは沢山ありますよ」
経験者は語る、だ。
『…ん……』
凛華も何となくそれを察したのだろう、悩み込む様に押し黙った。
どれだけ言葉を交わしても伝わらない想いがある。
どれだけ違いを尊重していてもすれ違う時がある。
形は何であれ、互いをより深く知ろうと思ったら、触れ合う事はかなり大切なステップの一つだ。
「…明日帰って来て、何もしてなかったら…私は怒りますからね」
『は?あっ…ちょ待っ』
言うだけ言って通話を切り、コントローラーを握り直す。
「雫、何考えてるの」
声のトーンが怖すぎる遥香、顔を見ると殴られそうな気がして、そっちを見ないで口だけを開く。
「どーせ、私が何を言った所であの二人がヤる事は無いですよ。賭けても良い」
「…なら、なんであんな事言ったの?」
「あんな事って?何を言っても意味がないって分かってるから、ただ思ったことをそのまま言っただけですけど……。遥香だって凛華が“白雪先輩と付き合ってたら”大人しく身を引きますよね?私も同じですよ」
「……」
もしも、あの二人が本当に体を重ねる事があるとしたら、それは今回とは逆の場合だけだと思っている。
何かの拍子に、私とか遥香が凛華を拒絶でもしたら、場合によってはそうなるかも知れない。
それでも、かも知れないの範疇だ。
「お二人とも、理性と自制心が人並み以上に強くて、お互いを心の底から尊敬尊重してる間柄ですからね。同じ学校に通ってただけの同級生とは思えないくらいですよ」
互いが互いに絶対的とも言えるような信頼を置いているからこそ、白雪先輩の感情がそれを追い抜いてしまってすれ違っている。
私とか遥香が凛華と二人きりでお風呂になんて入ったら、葛藤するまでもなく欲望に負けて発情期かの如く凛華に襲い掛かる事だろう。
だから私は白雪先輩を尊敬しているし、例え凛華といえど彼女を蔑ろにするなら怒る。
私も白雪先輩を、一人の友達として、先輩として、女性として尊敬しているから。
…………私としてはあわよくば二人が関係を持ってしまって、それを口実に凛華と二人で白雪先輩の抱き心地が良さそうな豊満な体を好き放題したいところだが……。
…流石に、難しそう…。
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