第63話 王子

 タクシーでバイト先に向かう途中、天海から電話が来た。

 どうやら、今日のバイトはいつもより短時間になるそうだ。


『……ってな感じで、今日は午前中に片付け作業やってバイトは終わりって事になったんだって。お給金は同額だからちょっと楽んなったねー』

「…まあ、了解。皆には連絡入れたの?」

『ばっちぐーよ昨日の内にね。どっかのしのっちさんが一人だけグループ入ってないからこうやって連絡する事になってんだけど』

「それはごめんって。なんか色々あって忘れてたんだよ」


 なんで忘れてたのかもわかってないけど。


 それはともかく、中川さん側にもなにかあったらしく今日中に店を畳んで帰郷するそうだ。


『あ、てか昨日の用事大丈夫だった?あの後祢音も追ってったんだけど…』

「ああ、合流して話したよ。なんか色々迷惑かけたな」

『メイワクって程じゃないけど、なんかあったの?』

「そっちは大丈夫、全部話しついたから」

『…なら良いんだけど、何かあったら良いなよ〜』


 話してるときは軽い雰囲気だが、実際に会うとあんまり相談事とかできる雰囲気の人じゃないんだよね。


 それはそうと口ではそう言ってくれるし、性格良いのは知ってるんだけどな。


 店先に着くと、裏に居た斯波さんがこっちに手を振って挨拶してきたので返しつつ店に入る。


 姿の見えない店長は置いておき、祢音にやる事だけ聞いて仕事に入る。


 しばらくして、店長の中川さんがどこか焦りの混じった様子で、少しだけ話をしてすぐに仕事を再開する。


「…怪しくないですか?」

「私達には関係ないっしょ、ほらちゃっちゃと終わらせよー」

「そうだな」


 ……うん、そうだな。特に関係無いと思う。

 さっさと終わらせよう。


 店長の何となく「早くしてくれ」という空気感を皆も感じとったのかテンポ良く進んだ片付け作業。


「…よっしゃ、お疲れ様〜!」

「思ったより早く終わったな…」


 無事に正午前に終わったお陰で、皆でお昼行かない?という話になった。


 一応この後空いてる人を集めたら、十数人の内六人ほど。


 幸い予約無しで六人入れるファミレスが見つかったのでそこに行った。


 俺ともう二人でドリンクを取りに行った時、一人の女子に話しかけられた。

 今まで天海さんと斯波さん以外とは事務的な話しかして来なかったから、急な事に少し驚いたが…


「ね、ね、東雲君って芥高校だよね。天海ちゃんと一緒の」

「そうですけど…」

「そこのサッカー部にさ、金村瑠衣って男の子居るよね」

「えっ…?あ、はい…居ますけど…」


 なんなら仲良い方だけど。


「やっぱり!ね、王子って普段どんな人なの!」


 ………は?

 …王子って何?

 いや、見た目的には何も違和感ないんだけど…。


「…伊藤さん、高校サッカーとか見るんですか…?」

「どっちかって言うと、王子にハマってからサッカーも追う様になった感じ」

「……王子って…」


 思わず呟くと、もう片方も食い付いてきた。


「今、王子って言った?それサッカー?」

「こっちもかよ……」


 ちょっと、俺の知らない所で高校サッカーの女子人気に貢献してる友達の現状を知ったのだった。


「…一応、瑠衣とはクラスメイトだけど…普段は……」


 性格悪い……と思ったけど、あいつ実はマジで良い奴だからあんまり偏向報道する気も起きないんだよな。

 からかって来る時は手加減しないし、人並みに黒い部分もあるけど。


「割と普通だよ、外見と雰囲気のせいであんまり近寄る奴は居ないけど」

「凄っ…普段から孤高なんだ」


 孤高…というと少し違う気もするが、その通りにも思える。


「まあでも、彼女は居ないから安心しろ」

「や、普通に無理でしょ。あんなイケメンの隣とかどんな美少女で性格良くても立てないって」


 うーん…白雪とか普通に足蹴にしそうだけど。


 …俺が仲良いって話はしないでおこう。


「おっ、戻って来た」

「なあ天海さん、芥高校の王子って知ってる?」

「金村君のこと?」

「知ってんのかよ…」


 知らなかった俺が珍しいのか…?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る