第16話 嫌なものを見た

 5月も下旬だが……下旬は下旬、終わり頃、というだけでまだ5月。

 そう、5月だ。


 まだ今学期が始まって二ヶ月経ってない。


 それなのに、一年の教室には転入生が入っていた。


 それはもう、とんでもなく美少女だったらしい。


 …らしいよ、それはもうすっごい学校中で話題になってる。


 それはそうと、俺は昼休みになるといつも通りの空き教室へ。


 普段と違って一階の自販機を経由してきたので少し遅れ参上した。


 すると、あら不思議。


 いつもよりメンバーが多いじゃありませんか。


 …いやまあ、いつものメンバーって俺と如月の二人だけなんだけど。

 そこに先週は如月の友人4人が入ってきた。


 そして今週、そこに二人追加された。


「……流石に多くない?」


 如月友梨奈、中川祢音、古山穂香、朝比奈唯、木下小春、東雲遥香、黒崎雫。

 計7人、そこに俺が入って8人。


 …え?なんで俺後輩の女子7人とお昼の時間過ごさにゃならんの?


 正直、悪くない。眼福です。あざす。


「ハルは今日の弁当どっちが作ったの?」

「今日は兄さん」

「…凛華兄さんの手作りのお弁当食べれるの羨ましいです」

「雫の兄さんじゃない」

「良いじゃないですか呼び方くらい」


 なんか、思ったより遥香と雫は仲良さそう。会話だけ聞くとそうでもないが、二人は波長が似ているのかも知れない。


「あ、リン先輩どうも!」

「おーっすリン先輩」

「凛華先輩、こんにちは」


 如月と古山さん、中川さんが真っ先に挨拶してきた。


「兄さん遅い」

「凛華兄さんもここに来てるんですね」

「東雲先輩こんにちは!」

「…どうもです先輩」


 挨拶が個性的でよろしいですね。

 一斉にこんにちは、で終わらせりゃ良いものを。


 彼女たちの様子を見る限り、俺と雫の関係は分かっているらしい。

 となると、椿の妹だと言うことも分かってるのだろうか。


「…とりあえずさ、一つ良いか?」

「なんっすか〜?」


 古山の適当な了承を頂いたので、一言。


「…なんで7人して抱き合ってんの?」


 朝比奈さんを中心に何故か一塊になってる7人。

 そんな状態で挨拶されても、どう返すのが正解か分からない。


「これには、それはそれは浅い事情がありましたね」

「浅いのかよ…」

「映画のチケットがここに7枚あるんです」


 朝比奈さんは木下さんの頭の上からヒョイッと手を上げた。そこに映画のチケットが握られている。


「ああ、雫の歓迎会的な?」

「そんな感じです。凛華兄さんも、自腹で一緒に来ますか?」

「流石に行かねえよ…」


 女子会に乱入とか絶対にしないから。



 ◆◆◆



 ……なんて会話をしたのが、まさに5月の終わり頃だった。


 6月に入って最初の週末、映画を観に行っていた筈の雫から突然ビデオ通話がかかって来た。


 キッチンでタイマーの代わりになっていたスマホが、テーブルの上でガタガタッと震えると、俺もビクッてなる。これあるあるだと思う。

 何事かと思って慌てて確認する。


「…ど、どうした急に…?」

『ねえ凛華、今、映画終わって皆と外居るんだだけど……すっごい嫌な物見つけた』(雫)

「…えっ、俺に何を見せる気してんの?」


 雫がカメラを動かすと、最新のスマホらしく綺麗に映像が動いて行く。

 どこかにズームアップして、ピントが合わさると…何やらどこかのファミレスに向いているようだ。


 …なんで外でビデオ通話のカメラ使ってんだ…?


 それはそうと、画面に映った光景に、俺もどう反応するのが正解か分からない。


 どこのファミレスかは知らんが、窓際の席で何やら仲睦まじく話している椿と、我が父こと秋人あきひとが居た。


『…どういう事あれ?パパ活?』(雫)

「複雑すぎるだろそのパパ活。人んちのパパにママにしてもらう活……はぁごめん。椿みたいな下ネタ言っちまった…」


 しかも、もう我が家のパパじゃないのがこれまた、ポイント高いですね。離婚しても俺達の名字は東雲のままですが。

 ちなみにあの人も東雲のままである。

 当然だね、東雲さんと東雲さんが結婚したんだから。偶然って凄えな…。


『…凛華と遥香に聞いた限りではさ…?』(雫)


 バカのことを考えていると、雫の声で現実に引き戻された。


「うん」

『椿の認識発覚した時に、秋人さんって凛華に対して怒ったんだよね』(雫)

「かなり怒れたな」

『…でも、凛華は椿と肉体関係なくて、秋人さんと椿には肉体関係があるんだよね?』(雫)

「……そうだな」


 …あれ?俺なんで怒られたの?

 理不尽にも程があるのではないだろうか。


『…あの二人最低…』(遥香)

『死ねば良いのに』(雫)

『父親のくせに言動が悪だった』(遥香)

『責任取るのはどっちですかね』(雫)


 遥香の声まで入ってきた。

 二人揃って中々辛辣な事を口走っているが、今回ばかりは同感である。


「…あそこに鍋島先輩投入してぇ…」


 絶対に面白いことになる。


『鍋島?誰それ』(雫)

『椿ちゃんの側室の沢山居る内の一人、多分、現彼氏』(遥香)


 どう考えても側室ではねえだろ。


『えっ?黒崎先輩と鍋島先輩って…』(祢音)

『てかなんでそんな複雑な関係になってるわけ?意味分からないんだけど』(穂香)


 続いて中川さんと、古山さんの声が聞こえた来た。


『全部黒崎先輩が悪いと思います』(唯)

『結構人気あっただけに、隠して逃げてったの本当にゴミ』(穂香)

「…言い過ぎだろ…」


 …と、そこまで話してふと気が付いた。


 あの時、俺は確かに父親から胸倉掴まれる位には  怒られた記憶がある。


 だがしかし、俺は椿と行為に至ってない。一方で、何故か俺の父親は椿と肉体関係にあった。


 そしてそれは恐らく、椿の妊娠発覚の前から。

 ということは…だ。


 父さんは椿の子供が、俺じゃなくて自分の子供である可能性を考えたんじゃないだろうか。

 あの会合は椿と父さんがグルで俺に責任を押し付けようとした…とか。


 となると最終回には「椿が凛華の寝込みを襲って出来た子供だ」くらいに言うつもりだったのかも知れない。


 だが俺はあの時父さんを除いた、椿の浮気相手を晒した。

 父さんはショックを受けたような顔をしていたから、恐らくは知らなかったんだろう。


『あのですね、リン先輩は被害者なのに寛容過ぎると思いますよ』(友梨奈)

『ボクもそう思います、流石に15年一緒に居て色々隠し事しまくってたのは…』(小春)


 凄えボロクソに言うなぁ…。

 この中の誰一人として彼氏居ないから、男に困らない椿は攻撃対象として丁度いいのだろうか。


『てか、おろされた子供不憫すぎるし』(穂香)

『愛情の欠片もないんですかね?』(唯)

『いや寧ろ、あの親元に産まれなかった分、幸福ですよね』(雫)


 流石にこれ以上は聞き捨てならないので、俺は口を挟んだ。


「おい、お前らそう言う話はするなよ。あと、いい加減に盗撮も辞めろ。その二人との関係は終わったんだから、これ以上深堀すんな」

『『『…ごめんなさい』』』


 …そうだ、結局…椿の子供は、あのクラスメイトととの…えっと?名前は…何だっけ?話した記憶すら無いから分からねえな…。


 ともかく、俺は当然…父さんや鍋島先輩ですら無かった。

 それを良いことに、なのかは分からないが結局は産まないという選択肢を取った。

 俺が口を挟む話でも無いが、もしも俺が冤罪を受け入れて無いはずの責任を取ろうとした場合…。


 彼女はその子供を産んで、俺と育てるという選択をしたんだろうか。

 俺とそういう関係に無い事は彼女が一番良く分かっている筈。


 椿は、どうしてか「東雲凛華の彼女」という立ち位置に強く拘っていた。


 俺にはその理由がどうしても分からない。


 考えるだけ考えても、俺は時間の無駄だと結論付けた。小さなため息を吐いてから雫に声をかける。


「…とりあえず、気分転換に家来いよ。今シフォンケーキ焼いてるから」

『行きます』(雫)


 雫は即答、その後に如月達の呟きがポツポツと聞こえてくる。


『シフォンケーキ…自宅で?』(友梨奈)

『女子力高っ』(小春)

『兄さんまた大量に卵買ってきてたのそういう事か…』(遥香)

『ちょっ、早く行こ』(穂香)


 よしよし、こっちに気を引いたな。


 という感じで、俺は何気なく嫌な物は見なかった事にして、後輩達に色々なお菓子を振る舞った。


 ………にしても、流石に気になるよな…。父さんと椿は…マジで何話してたんだ…?

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