第7話 ウチの正義

 駅の直ぐ側にあるカフェの手前で、無愛想なにこが待っていた。後から星凛たちと合流するとカウンターで飲み物を注文することに。


「こっちに移動しようと言ったのは私だから、あんたの飲み物代は私が払うよ。好きなの選んで」


 どうしてこんな奴に奢られなければならないのか。立腹するものの、星凛の財布の中にはお洒落なカフェの飲み物を買えるだけのお金が残ってはいない。帰りの電車賃ギリギリまで使ってしまったので。

 あちらが良いと言っているのだから、このカフェで一番高いものを注文してやろうと意気込んだが、値段の高いものは口に合わなそうなコーヒーだったので、それほど高くないオレンジジュースを頼んだのだった。

 三人それぞれに飲み物を手にして、テラス席に座る。にこがブラックコーヒーを一口飲んで、小さく息を吐いて、先程の続きが再開された。


「殆ど初対面と言っても良い人間に、出会って早々こいつと別れろとか言われたのは人生初だったわ。あんたの親……片方は私の親でもあるけど、どういう教育をしてきたの?」

「はあ?それ、あんたの母親にも言えることでしょ?親子揃って常識疑われるような真似してきたんだから、二連木先生が騙されてるに違いないって思っても仕方がないじゃない。パパ、あんたの母親と離婚して、ママと再婚して本当に良かったよね!」


 半分だけ血が繋がっている姉妹がバチバチと火花を散らしているのに対し、二連木は静かにレモンティーを飲んでいる。下手に口を挟んで返り討ちにされるのを恐れているのか、様子を窺っているのか、どちらなのかは分からない。


「どうやって二連木先生を騙したのかは分からないけど、優しい先生にかなりお金貢がせてるんでしょ?パパが言ってた。あんたの母親は金遣いが荒くて、生活費や貯金までお洒落や遊びに使っちゃうような奴だったって。先生はその人がどういう人間か、ちゃんと知ってるの?ウチは知ってる。パパとママがその人と母親のせいで困ってるの、見てきたもん」

「彼女は媚山にこさん。三歳上の幼馴染で、今は僕の恋人。出会ったのは小学生の頃だよ。彼女は母一人、子一人の家庭で諸事情にてお金に苦労して育ってきたから、お金にうるさいね。でも、私利私欲の為に他人からお金を巻き上げるなんてことはしないよ。地道にコツコツ働いて、お金を貯めていける人なんだ、彼女は」


 星凛の問いに、二連木は笑顔で答えた。にこの良い点も、悪い点も。


「……先生はこの人の家の事情とか知ったうえで付き合っているってこと?信じられない……」

「あんたは私のことをどう知ってるの?私、あんたと面と向かって喋ったのは今日が初めてなんだけど?」


 二連木ににこと離れてもらいたい一心で、星凛は話した。父親から、母親から、父方の祖父母から聞いたことを包み隠さず。ここまで暴露してしまえば、盲目になっている二連木も流石に目が覚めるだろうと期待して。


「……周りが好き勝手に言ってることを鵜呑みしてるだけじゃない。それは私のことを知ってるって言うんじゃなくて、知ったかぶってるって言うんじゃない?それでよくもまあ、ぎゃあぎゃあと喚きたててくれちゃって……」

「パパとママがウチに嘘を教えてたってこと!?」

「……或る程度は本当だね。一部、態と教えてないこともありそうだけど……それについては今はどうでも良いわ。変な責任取らされたくないし。あんたの親父、直ぐに他人に責任を押し付けるし」


 兎に角、私はあんたの大好きな二連木先生を騙したりしてないんで。そう言い放ったにこに、星凛は未だ反論しようと試みる。


「だって二連木先生が変な女のせいで大変なことになったらいけないって思って……ウチが助けなくちゃって思ったの!」


 周囲の人間の言葉を飲みにして、にこの評価を決めつけていたのは悪かったと思う。然し、そんなことを聞かされ続けてきたら、「あの碌でもない母親の娘なのだから、きっと同じように育ってしまっているに違いない」と思い込んでしまっても無理はない。悪気はなかったのだから許してくれても良いだろう。

 星凛がそう訴えると、急に寒気に襲われた。

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