第15話:ねぐら
「まあ、いい、お前がどういう理由でその熊一とやらを殺すのかなど、某には関係のない事だ。
だがその熊一を殺したら、千代田の御城に忍び込む技を教えてくれるのだろう。
だったら某が熊一を殺してやる」
浪人者は全く躊躇わなかった。
そのまま殺しに行こうとしているように梅一には見えた。
さすがに何の準備もなく惣録屋敷に斬り込まれては困る。
まさかとは思うが、使い走りの座頭にすらなれない者まで殺すかもしれない。
そんな事をさせる訳にはいかなかった。
「ちょっと待ってくださいよ、旦那。
まさかとは思いますが、惣録屋敷に乗り込んで熊一を殺す気ではないでしょうね。
そんな事をしたら、幕府も黙ってはいませんよ。
殺しは密かに行うのが掟なのです。
殺す段取りはこちらで整えますから、旦那の連絡先を教えてください」
「某の連絡先を教えることはできん。
盗みの技を教えてくれると言うのだから、某がお前のねぐらに行かせてもらう。
ただし暮六つ(午後六時)には戻らねばならない。
だからお前のねぐらの場所によっては、もっと早くねぐらを出なければならぬ」
賢明な梅一は何の詮索もしなかったが、この言葉で浪人者の素性が予測できた。
もしかしたら梅一をかく乱するための嘘かもしれないが、幕臣が守らなければいけない門限が暮六つなのだ。
浪人者の姿をしているが、実際には幕臣の可能性があるのだ。
「分かりやした、ではあっしのねぐらに案内しやすが、汚いからと驚かないで下さいよ、旦那」
梅一は浪人者を自分のねぐらに案内した。
梅一には幾つかの顔があるが、遊び人の梅吉を名乗っている時には、本所深川末廣町の裏長屋をねぐらにしていた。
両国の盛り場に近いのもあるし、寺社や不良御家人の屋敷が多く、博徒が賭場を開いてる場所が多いのだ。
だが幾つかのねぐらを持つ梅一は、両国のねぐらを使う事は少ない。
特に最近は水谷屋敷に通っていたから、一カ月ほど放り出していた。
とはいっても家賃が四百文ほどの古い棟割長屋なので、金銭的な問題はない。
間口九尺奥行き二間、四畳半の板張りと一畳半土間しかない貧乏長屋だ。
貧乏浪人ならともかく、曲がりなりにも幕臣なら足を踏み入れない場所だ。
「おりょうさん、長く留守番を頼んで悪かったね。
ちょっと予定外に仕事が長引いてしまったんだ。
これは世話をかけた御詫びも兼ねたお土産だ。
虎太郎と一緒に食べてください」
梅一は水谷屋敷からねぐらまで歩く間に、屋台で寿司を買っていた。
浪人と二人で食べるには多過ぎる十人前だったが、世話をかけた隣に渡すのなら当然の配慮だった。
「そんな気をつかって下さらなくてよかったのに。
特に何をしたわけでもありません」
梅一の部屋の隣から出てきたのは、こんな裏長屋に住んでいるとは思えない美貌の女性だった。
「わあああい、ありがとう、梅吉のおじさん」
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