第9話:誤算

 梅一の予定では、そのまま賭場屋敷に居続けて、貸付証文の保管先を探る心算だったのだが、そうはいかなくなってしまった。


「藤壺さん、大丈夫かい、吐きたいのなら我慢せず全部吐いた方がいい」


 梅一が眠り薬を盛った藤壺が、予定していた時間の倍も眠り続けた。

 しかも目を醒まして直ぐに何度も嘔吐してしまった。

 厠に行く事もできずに、膳の上に吐いてしまうほどだった。

 確かに眠り薬は体に負担の大きな薬ではある。

 だがこれほど強い影響があるとは梅一の予想以上だった。


 梅一は珍しく逡巡した。

 盗みの現場では即断即決する梅一にしては珍しかった。

 まだ梅一が貸付証文を盗むことに本気ではない証拠だったのかもしれない。

 梅一は賭場屋敷に居続ける予定を変えることにした。

 これから屋敷の母屋を探り続けるには、毎回眠り薬を使う必要がある。

 だがそれでは藤壺の体に負担がかかり過ぎる。


 他の女を相方に選ぶ事など、梅一の頭にはまったく浮かばなかった。

 最初から女を買うことが苦手だった梅一だが、藤壺の美貌と薄幸そうな雰囲気に魅了されたことで、盗みのためとはいえ他の女を抱く気にならなくなっていた。

 だから他の方法を使うことにした。


「豊二さん、明日からは本気で店を出す場所を探そうと思います。

 ですから賭場にいる時間が短くなってしまいます。

 ただここの雰囲気がとても好きなので、できるだけ来たいのです。

 木戸が締まっている間は、ここに来ると言って木戸を開けてもらっていいですか」


 梅一は豊二を通して夜でも賭場屋敷に来られるようにしようとした。


「悪いんだが若旦那、ここは特別な場所なんだ。

 寺社や御家人屋敷の賭場とは違うんだ。

 木戸が締まってからの出入りはできねえんだよ。

 特にこの屋敷の名前を木戸番や辻番に話すのは御法度なんだ」


 わざわざ兄貴分の助出方が来て説明した。

 梅一はまだ通いだして日は浅いが、賭場での評判がよかった。

 勝つたびに御祝儀をはずむのはもちろんだが、何より勝負時の賭け方がきれいだ。

 丁半の駒がそろわない時には、自分が先に賭けた目が不足している場合は、必ず不足分を追加で賭けて賭場の負担をなくしていた。


 丁半の駒がそろわない場合は、賭場を仕切る博徒が不足分を補って賭けるか、勝負をなかった事にするのだが、それでは博徒が損をする可能性があるし、何より勝負の勢いが悪くなって興ざめしてしまう。

 賭場の勢いを止めないようにする梅一の賭け方は、賭場を仕切る貸元や実際に壺を振る中盆にとても好まれていたのだ。

 だからこそ、今手の空いている助出方が説明に来てくれたのだ。


「そうですか、それでは仕方がありませんね。

 来られない日があるかもしれませんが、決して勝ち逃げする気はありません。

 必ず遊びに来させていただきますので、これからもよろしくお願いします」

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