第二十二話 捜索
「え」
九重は絶句した。ソラの頭部に二本の立派なウサ耳が屹立している。
「そんな付け耳、どこに隠し……」
九重は再び絶句した。さっきまで側頭部の髪の毛のあいだからのぞいていた丸い耳が見当たらない。
「特技なんだー」
ソラは悪戯っぽく微笑んだのも束の間、真顔になった。
「九重は校舎に戻って。ニココちゃんが大変。メイフェアちゃんもそこにいる。わかったら急いで!」
そう言うや否や、ソラは九重をドン、と押した。
「おまえはどうするんだよ」
九重はソラの真意を質した。いつものようにふざいるのだろうか。だが、そんな場合じゃないはずだ。
「ここに集められている人たちが気になるし、それに……」
ソラが武装生徒のリーダー、松浦を見た。松浦は武装生徒に何か指示していた。二人ほど隊列から離れ、歩み去って行く人間の生徒に近づいていく。誰かを探しているようだ。つまり、九重たちを探そうとしているのだ。
「それじゃ後でね。今は本校舎に戻って。早く!」
ソラは文字通り脱兎のごとく駆け出すと、生徒たちの顔をチェックし始めた二人の武装生徒に次々と体当たりしていった。突然のことに発砲もできず、たじろぐ武装生徒たち。
「おい。何やってる。取り押さえろ!」
吹っ飛ばされた二人に加え、何人かの武装生徒がソラを取り押さえにかかる。だが、ソラはスルリと抜け出し、松浦を挑発した。
「ほらほら。捕まえたいんでしょー? やってみなよ」
「あいつは捕獲命令のあった生徒……だがタテ耳だと? どういうことだ?」
松浦も九重と同じく混乱していた。武装生徒の何人かがライフルでソラを狙う。だが、素早く動くソラには当たらない。
その混乱に乗じて、何人かが抜け出すことに成功していた。飛び跳ねるソラ。武装生徒たちにバラバラに逃げる者を追いかける余裕はない。
九重もその場を離れることに成功していた。
九重は教室のある校舎に辿り着いた。関川のいるネモローサ寮に戻る気にはならないし、ソラの言ったことも気になっていた。
時間は夜。辺りは照明が落とされ薄暗い。物音も聞こえない。
「何をどうしろって言うんだよ」
九重はつぶやくと、校舎前の広場の植え込みの陰に隠れた。追われているという自覚はあった。
しばらく、何の音もしなかった。校舎の防音性能は高い。校舎前は集会ができるくらい広く、人影はない。授業のない時間帯だから不思議ではないと言えば不思議ではないが不気味だった。
初めての宇宙旅行。異星人とのコミュニケーション。殺害未遂。ヘンな夢。現在進行形のテロ。とてもここ数日のこととは思えない。九重はため息を深くついた。ニココが大変だって? 仮に大変だとして、おれに何ができる? ほんの数ヶ月前はただの中学生だぞ。優等生だったかもしれないが、それは地球の、それも一部地域での話だ。
そのとき。
校舎の玄関扉が突然、爆音を立てて吹き飛んだ。内側から炸裂弾が撃ち込まれたかのようだ。
なかから制服姿のニココが飛び出してくる。手には大型の銃器を抱えている。範囲攻撃ができる軍用銃だ。
ニココを追いかけて校舎のなかから何本もの光線が伸びる。ニココは素早く回避動作を行うが、いくつかは当たってしまう。ニココの装備している携帯型エネルギーフィールドでそれらは無効化されるが、それにも限界がある。ニココは撃ち返さない。いや、撃ち返せないのだ。弾切れだ。
多勢に無勢。しばらくするとニココは校舎前広場でシールドを手に持った十人の武装生徒に取り囲まれてしまった。
武装生徒のリーダーらしき人物がニココの前に歩み出て、語りかけた。
「いくらバーナードが戦闘種族だと言っても一人で三十名のSクラス装備を無力化するとは思わなかった。もう十分だ。投降しろ」
「クラスメイトのよしみで手加減してなかったら殲滅してたよ。そこはもう少しお願いしようって気にならないかな」
それが強がりでないことは、三チームがマヒさせられ壊滅させられるのを目の当たりにしたリーダーにはよくわかっていた。リーダーは不愉快そうに眉をひそめた。
「だが、誰も弾切れには勝てない」
「そだね。見つかった時点でアウトな無理ゲーだったね」
ニココは肩をすくめると、持っていた銃を床に置いた。
「『鬼姫』荻川ニココ。おまえには捕獲命令が出ている」
リーダーはニココの巨体の前では子どものようだ。
「あっそ。わたしが持っている銃は下に置いたよ」
「ほかの武装も外せ」
「あんたバカ? 敵に自分で解除させて、それで大丈夫って思えるの? 自分たちでやるもんでしょ」
ニココはそう言うと、手を高く掲げた。
リーダーが指示すると、三人の武装生徒がシールドを床に置き、おそるおそるニココに近づく。
「わたしは抵抗しないよ? そりゃ確かに素手でもあなたたちくらい簡単に殺せるけど、そんなことしたらさすがのお優しい隊長さんも怒るでしょ」
そう言うと、ニココはひらひらと手を振って見せた。
それでも武装生徒たちはためらっていた。しかし、ついにある武装生徒が手を伸ばしニココの胸元に手をかけた。
「あ、やっぱそこに何か隠してるって思う? 服は破かないでね」
その武装生徒は意を決したように、手をニココの胸元に突っ込んだ。いや、突っ込もうとした。
次の瞬間、その武装生徒が腰に付けていた携帯型エネルギーフィールドが強度のエネルギーを感知し作動した。
その武装生徒のものだけではない。その場の武装生徒の携帯型エネルギーフィールドが一斉に作動していた。
「荻川ニココ! 一体何を隠しもっていた!」
ニココは手を上げたまま、困った顔をした。
「なんもしてないよー。見てたでしょ? 不良品つかまされたんじゃないの? あるあるだよー」
「バカな。一斉に同じタイミングで誤動作が起きるか」
武装生徒たちがうろたえるうちに、彼らの携帯型エネルギーフィールドが過負荷で熱を帯び作動を停止した。
しかし、それだけでは終わらなかった。さらに武装生徒たちの武装、ライフルとシールドが熱を帯びていく。武装生徒たちは堪らず、急いで外し床に落とす。間を置かず、それらは燃え上がった。そう簡単に燃える素材ではない。
九重が物陰から燃え上がる武器を見つめていた。パイロキネシスが発動していた。
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