第二十一話 逃げられない!
閃光手榴弾は完全に関川の不意を打っていた。関川は目を押さえ姿勢を低くしていた。視界のない状況で戦闘行為などできない。ニココたちに殺意があれば関川の命はない。関川にとってはさいわいなことに、ニココは実戦経験者だが
九重たちの後ろにあった廊下への扉が開く音がした。行動不能に陥っている関川を尻目に、ニココとソラは部屋を出た。
九重は部屋を出るときにエトアルとリュンヌの方をチラと見た。リュンヌは不安そうな表情で、ついてくる気配はない。エトアルは早く行け、というように扉の方に手を振った。
きっと軍人としての立場があるのだろう。九重はただの十代にすぎないがエトアルたちはそうではない。エトアルはできる範囲の抵抗をこの状況で試みようとしている。九重にはそんな気がした。
九重たちが部屋から出ると、扉は閉まった。
部屋の中で大騒ぎがあったのに、廊下は静かなものだった。
「関川さんに連れの人はいなかったみたいだね」
ソラが隣を歩いているニココを見上げた。
「あはは。ツレがいたら、わたしらは今頃のんきに歩いてないよ。アタマ同士ってことで関川は中条さんに直談判しに来てたんでしょ。他のチームは今頃どこかに潜伏してるんじゃない? 連中が表立って行動に出る前に、わたしらも身の振り方を考えないと」
九重は後ろを振り返った。エトアルの部屋の扉は閉ざされたままだ。関川が追いかけてくる気配はない。
廊下にはのんびり歩いている生徒が数名。なかにはバーナード人もいる。囚われているのはリーダーになりうるキャプテン科と即戦力のトルーパー科だけのようだ。
「向こうはまだおおっぴらに追いかけたりはできないみたいだから、よゆーだよ」
ニココは九重にウィンクした。ふだんのノリとそう変わらないように九重には見えた。
だが、ニココはしばらく歩くと立ち止まった。そして、九重の顔を覗き込んだ。その表情は何か思い詰めたような真剣味を帯びていた。
「ごめん。やっぱりバーナードの友達が気になる。トルーパー科に何人かいるはずなんだよね。ちょっと探してみる。隣町だったらここよりは隠れやすいから、ソラと一緒に先に行ってて。まだシャトルは押さえられてないかもしれない」
九重が何と答えたらよいのかわからず戸惑っていると、ソラが不平を唱えた。
「えー。わたしだってみんなを助けたい〜」
「わたしって図体デカいからさ。隠れるのは一人で手一杯なの」
ニココはそう言うと九重に向かって手を合わせた。
「九重、お願い!」
九重としては、事態がここまで深刻になっている以上、隠れることに異存はなかった。実際、エトアルの言うようにもはや学校どころではない。さらに九重は毒殺されかかってもいる。
「わかった。ニココも無事で」
少しは格好をつけられただろうか、と思う間も無く、ニココは何かを振り切るように九重の視界から走り去っていった。
ニココの胸元には、いつもあんなサプライズが隠してあるのだろうか、と九重がぼんやり手の感触を思い出していると、ソラが袖を引っ張った。
「とりあえずシャトル乗り場に行ってみようよ」
さすがに自分の部屋には戻れない。たとえリュンヌが関川に教えなかったとしても、九重の部屋など知るのはそんなに難しくはない。だから、九重とソラはその足でシャトル乗り場に向かった。
シャトル乗り場はいつものように、一晩、隣町で過ごそうとする生徒たちでいっぱいだった。高校、といっても実際に十代なのは人間くらい。異星人のほとんどはいわゆる大人だ。だから放課後に生活指導が入ることはない。だが、乗り場には羽目をはずそうとする人間も少なからずいた。
「みんな明日の授業はどうすんのかなー」
ソラがのんびりと言った。今の時刻に隣町に行くような生徒は明日の授業などたいして気にはしていないだろう。だが、そんなことより、今は気にすべきことがあるだろう、と九重は思わずにはいられなかった。まるで客船の船体に致命的な穴が空いていることを自分だけが知っていて、どうやって怪しまれずに救命ボートに乗るかを考えなければいけないような、そんな気持ちだった。
九重は辺りに目を配ったが、怪しい行動に出ている者は見当たらない。そうこうしているうちに、シャトルが数台、乗り場に流れ込んできた。ふつうの巡回シャトルバスに見えた。
だが、なかからはシールドとライフルで武装した生徒がぞくぞくと出てきた。
武装生徒たちは呆気にとられている生徒たちを置いて何も言わず銀機高の本部や校舎のある方面へ歩み去った。
「なんだありゃ」
「演習か?」
辺りから武装生徒の目的を憶測するささやきが聞こえてくる。
あとには十名ほどの武装生徒が残った。一人、そのなかから歩み出て、乗り場に溜まっている生徒たちに語りかけた。
「わたしはキャプテン科三年の
一人のヨコ耳長人の男子生徒が声を上げた。
「地球を守るって何からだ!? そんなニュース聞いたことないぞ」
松浦はあくまで冷静に答えた。
「報道されないが、未知の異星兵器が地球近くに配備されているという確度の高い情報がある。我々はその脅威の発見、排除を行う。諸君も協力してくれ」
「未知の兵器なんてウソでしょ!?」
今度はタテ耳長人の女子生徒が言った。
「ある、としか答えられない。すまないが、きみはこちらに並んでくれ」
そう言うと、松浦は武装生徒の一人に向かって手を振った。すると、その武装生徒はシールドを置き、ライフルを持ったまま、その女子生徒のところへ行き、松浦の前に並ぶように指示した。
「ちょっと! 自分の部屋にも戻れないの!?」
「すまないが、それも後だ。今は緊急事態だ」
「そんなのってないでしょ! めちゃくちゃだわ!」
パン、と乾いた音が響いた。松浦がその女子生徒を平手打ちしたのだ。
「すまない。これは本意ではない。だが、我々は武装しており、諸君が秩序だって動いてくれないなら暴力も辞さない」
したたかにほおを張られた女子生徒は自失の面持ちだ。
それから松浦は、何かに気づいたように腕に装着した端末を見た。サイコキネシス中和装置だ。
「サイコキネシスで抵抗しようとしても無駄だ。もちろん対策している。Sクラスの対サイコキネシス装備に対抗できる能力者は確認されていない」
ようするにルーマン人に抵抗は無意味だと言っているのだ。
数人のバーナード人には容赦なくライフルが突きつけられていた。相手は考えなしに発砲すると踏んでいるのか、動かない。
「人間の諸君はしばらく自室で待機だ。寮に戻れ。あとのことはおって指示する。ご協力に心より感謝する」
松浦には、九重やソラのことを探している様子はない。
「こうなったら寮まで戻るしかないな」
九重が後ろにいたソラを振り返ると、タテに伸びた長い耳が目に飛び込んできた。それはなぜかソラの頭から伸びていた。
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